我々はそろそろ、生成AIを前提とした労働に、価値観を変えねばなりません。
というのも、生成AIなどの新技術の進歩により、かつては人間のみが担えると考えられていたホワイトカラーの知的作業の一部が、AIによって実現できるようになったからです。
ホワイトカラーの仕事の多くは、思考力や判断力、コミュニケーション能力を要します。それ故に「人間らしさ」の表れる分野とされ、長らく自動化は困難だと思われてきました。
しかし、パターン認識、データ分析、応答の自動生成など、知的労働の一部が徐々にAIに代行される流れは、とどまるところを知らず、製造業などのブルーカラーの現場作業だけに限られると考えられていた「機械化」は今やオフィスワーク、つまりホワイトカラーに適用され始めています。
そして、それが意味するところはただ一つ。人間の働き方そのものが根本から変わるということです。
AIは間違いなく、単純作業やルーチンワークはもちろん、クリエイティブな業務においても人間が行っている仕事を、より高度に、より早く、より安いコストで、こなすでしょう。
しかし光があれば、闇があります
生成AIの輝きの一方で、機械に仕事を奪われるのではないか、人間は不要になるのではないかという指摘は、工場に機械が導入された頃から、まったく変わらずに残っています。
では本当に「AIのせいで仕事がなくなってしまう」のでしょうか?
AIが得意とするのは、原理的には大量のデータ処理、定型的なパターン判断、論理的推論などです。
そのため、事務処理、会計記帳、単純な問い合わせ対応など、ルーチン化しやすいタスクは自動化されやすいでしょう。
実際、銀行や保険会社では書類処理や契約審査など、細かいルールに従えば判定可能な業務がAIによって大幅に効率化されています。
また、AIチャットボットは顧客からの問い合わせに即時対応し、営業時間外でもサービスを提供します。
一部の法律事務所では、膨大な判例データの検索や契約書の初期ドラフト作成などがAIによって行われ、人手による事前作業の負荷が軽減されています。
このように、AI導入のメリットは明確です。処理速度の向上、人件費の削減、24時間稼働、膨大なデータからの知見抽出といった面で企業は恩恵を受けます。
また、従業員側からすれば、ルーティンワークが減ることで、本来の創造的業務や意思決定に専念する余地が生まれるかもしれません。
一方、デメリットも存在します。
たとえば初期投資やセキュリティリスクへの対応という、差し迫った話もありますが、しかしなにより、定型化された業務に従事していた人々は、その価値をAIに奪われ、職を失う可能性がある、これが最も大きなインパクトのあるデメリットです。
ホワイトカラーに属しているが、AI化できる仕事をしている多くの労働者は、AI技術が自分たちの職能領域へ浸透するにつれ、「自分の仕事が単なるルーチン化されたプロセスにすぎなかったのか」と厳しい現実と向き合わざるを得ません。
たとえば金融業界のバックオフィススタッフ、コンサルティングファームの初期リサーチ担当、広告代理店のコピーライター、IT業界のプログラマなどが例として挙げられます。
実際、米国の経済学者フレイとオズボーンによる研究(2013年)では、20年後から30年後、コンピュータ化によって将来的に消滅が予想される職種リストが提示され、国内601の職種について日本の労働人口の約半数が、AIやロボットで代替可能であることが示されています。
また、大和総研の調査は、生成AIによって、就業者の約20%が、仕事を奪われると試算しています。*1
こうしたデータは、これまで「頭脳労働だから安全」と信じていた層に衝撃を与え、職業人生の設計を根本から問い直させるものとなりました。
これらの状況は、一見すると「仕事がなくなる」という恐怖に目が行きがちです。
しかし、歴史を振り返れば、技術革新は常に新たな仕事や産業を生み出してきました。
産業革命期には、蒸気機関の導入で織工や職人が職を失いましたが、同時に大量生産に関連する新たな需要や、経済活動の拡大によって新たな職が生まれました。
同様に、インターネット革命によって既存の店舗が縮小を余儀なくされましたが、逆に情報交換やオンライン市場が拡大し、ウェブ関連の職種やeコマース産業が隆盛を極めました。
AIの進化もまた同様に、新たな職域を創出すると考えられます。
たとえば、AIを使いこなすデータサイエンティストやプロンプトエンジニア、AI製品の倫理指針を策定するエシカルアナリスト、さらにAIと協働する新しいコンサルタント業態などが生まれる可能性があります。
また、AIに任せられる業務が増えれば、人間はよりクリエイティブな領域や高度な意思決定、あるいは人間同士の感情的なインタラクションが求められる領域にシフトできる。顧客体験の改善や複雑な問題解決、専門知識の統合など、人間が真価を発揮できる場は依然として存在します。
では、具体的にどのような領域で、人間はAIを凌駕できるのでしょうか。
ここでは3つの領域、—察し、セレンディピティ、好き嫌い—を取り上げます。
AIが「デジタル化された」データ処理能力で人間を凌駕する一方で、人間は依然として、デジタル化されていない「言葉の微妙なニュアンス」「非言語的サイン」「文脈を踏まえた説得」など、「察すること」に強みを持ちます。
たとえば、顧客との対話において、有能な営業は生成AIチャットボットが読み取ることのできない顧客の感情を察し、問題の背景を引き出すことができます。
さらに上司や同僚との議論においては、表情から読み取れる上司やチームメンバーの心理状態に応じて話し方を調整するなど、人間ならではの柔軟さが役に立ちます。
良質なコミュニケーション能力は、単に情報交換にとどまらず、組織内外で信頼関係を築き、合意形成を円滑に進め、イノベーションを誘発する基盤となります。
AIはデジタル化された情報しか扱えませんが、非デジタル情報を扱う領域は、当面、人間に残されています。
セレンディピティとは、偶然の発見や予期せぬ出来事から新たな価値を見出す能力を指します。これは、特に新しいアイデアや革新が求められる現代において、非常に重要なスキルです。
AIが得意とするのは既存のデータをもとにした分析や予測ですが、未知の領域に踏み込むためには、異なる視点や新しい組み合わせを見つけ出す力が必要であり、生成AIの得意とするところではありません。
「無難なものを選択する」のは、生成AIが得意ですが、「つながりの薄いもの」を選択するのは、生成AIは苦手としています。これは生成AIの原理が「確率生成」であることの制約です。
たとえば経営戦略の分野では、AIが市場の動向を予測しリスクを評価することができますが、異業種間のシナジーを生み出す新たなビジネスモデルの構築においては、人間に一日の長があるでしょう。
人間は合理的な生き物ではありません。基本的な日常の判断は計算に基づくものではなく、直感的な「好き嫌い」に基づくものです。
それゆえに逆に生成AIに対して人間はアドバンテージが得られるのです。
たとえば「誰とビジネスをやるのか」の判断は生成AIにできるでしょうか。
経歴やスキルセットなど、客観的なデータを基にした評価はAIの得意分野です。
しかし、実際のビジネスの現場では、相手の人柄や価値観、さらにはその場の雰囲気や直感といった、数値化しにくい要素が大きな影響を及ぼします。言ってしまえば「好き嫌い」が重要な領域なのです。
実際に、GoogleやFacebookといった大企業でも、チームのダイナミクスを考慮した人材配置が行われており、これは人間の直感や経験に依存する部分が大きいとされています。
さらに、好き嫌いは消費者行動にも大きな影響を与えます。
消費者が商品を選ぶ際、価格や機能だけでなく、ブランドのイメージや過去の体験、さらにはその時の気分といった感情的な要素が購買決定に影響を与えます。
実際、ダニエル・カーネマンの調査によれば、人間の意思決定の90%が感情によるものであり、論理はわずか10%です。*2
このように、AIの能力が向上すればするほど、むしろ「人間的」な領域の意思決定が、重要となる可能性は十分にあります。
確かに、未来が単なる現在の延長にあれば、生成AIの浸透で、ホワイトカラーは「震えて眠る」羽目になる可能性はあります。
しかしそれも一時的な過渡期だけ。
実際には人間と生成AIはうまく棲み分けを見つけることになるでしょう。
産業革命以降の、人間と機械の付き合い方のように。
本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。
出典
*1 ダイヤモンドオンライン「生成AIで「仕事を奪われる」&「伸びる」職業リスト【日本版】40職種の年収データ付き、90%超が自動化対象の仕事も!」
*2 tokinomo「The Role of Emotions in Consumer Decision-Making」