お金は我々の生活において重要な要素ですが、その影響は複雑です。
というのも、多くの人々は、お金が幸福をもたらすと信じていますが、実際にはむしろ「お金があることによって、不安が高まる」ケースも少なくないからです。
一体、なぜそのようなことが起きるのでしょう。
一つは、お金が我々の心に与える「幸福感」が限定的で、不安をカバーできないからです。
例えば、ギャラップ・ヘルスウェイズ幸福指数調査によれば、年間世帯所得ベースで7万5千ドル(約830万円)を超えると、所得が増加しても幸福度が増加しなくなることがわかっています。
つまりお金は「ないと不安」であっても「あれば幸福」とならない。
しかも、お金は我々の心を乱します。
実際、行動経済学者のダン・アリエリーによれば、お金のことを考えると、我々の問題解決能力が低下し、心が乱されるといいます。
『金の悩みがあると、あらゆる問題解決能力が目に見えて落ちる。裕福な人は、とくに自分が裕福だと思い出させられると、普通の人より倫理的に劣る行動をとりがちなことが、一連の研究によって示されている。
また別の研究によれば、ただお金のイメージを見ただけで、職場からものを盗ったり、うさんくさい人を雇ったり、金もうけのためにうそをついたりしやすくなるという。お金のことを考えると、文字通り心が乱されるのだ。』(ダン アリエリー,ジェフ クライスラー. アリエリー教授の「行動経済学」入門-お金篇)
そして最終的には、お金は「失うこと」への不安を増幅します。
例えば、上で取り上げた「行動経済学」の主要な業績の一つである、プロスペクト理論では人間の「損失を利得より強く感じる」という性向を明るみに出しました。
これに従えば、もともとお金が無くても平気だった人が、お金を得て生活水準を上げてしまうと、元の水準の生活に戻るのは、大変な苦痛を伴うわけです。
つまり、お金についても「稼ぐ」よりも「なくす」方が、より痛みを感じやすい。
この「生活レベルを落としたくない」という心理は、経済的不安を強く引き起こします。
これはちょうど、高度成長、ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代を懐かしむ、現在の日本人の心理状態に重なるのではないでしょうか。
絶対的な生活の水準自体は、高度成長期よりも現在の方がはるかに良いでしょう。
便利で、清潔で、治安も栄養状態も良い。それは、1975年当時の平均寿命から、現在まで10歳以上寿命が延びていることからも明らかです。
しかし、バブルを経て絶頂から転落した日本人は「過去の栄光」を思い出して、苦痛を感じているわけです。
このように経済的な不安というのは、「絶対的なもの」というよりは、他者や過去の自分とくらべた「相対的な体験」であるため、解消するのが圧倒的に難しいのです。
では、そんな状況の中で、我々は、どうしたらお金の心配をしなくてすむようになれるのでしょうか?
エコノミストの森永卓郎氏は「老後破産」を避ける唯一の方法は、「生活費を下げること」だといいます。長生きのリスク、介護や病気のリスクを考えると、生活費を下げることができなければ、貯蓄が6,000万円あっても、安泰ではありません。
しかしそもそも、「絶対的な水準」で考えれば、老人になってからの生活は最低限、月13万円の年金さえあれば、夫婦二人で十分暮らせるのです。
(老後破産しないために 年金13万円時代でも暮らせるメタボ家計ダイエット:扶桑社Books新書)
もちろん、ここまで極端なコストカットをする必要はありません。
夫婦で旅行もいきたい、孫にプレゼントも送りたい、というのが自然でしょう。
しかし、本質的に重要なのは現状の生活レベルに対する執着心を捨てる勇気です。
実際「大金」を稼いだ人間は「生活レベルを落とせないこと」によって、破滅します。
『多くのプロアスリートは短期間に大金を稼ぎ、短期間に使い果たし、往々にして自己破産する。
NFLのフットボール選手の約一六%が、退職後一二年以内に破産を宣告されている。生涯賃金は平均三二〇万ドルにも上るというのにだ。
「経済的に苦しい」状況にあるNFL選手の数が、退職後数年で急増する(七八%にも達する)という調査もある。同様に、NBAのバスケットボール選手の六〇%が、退職後五年以内に金銭的に困窮するという。
宝くじの当選者が無一文になるという話もよく聞く。巨額の賞金を得たにもかかわらず、当選者の約七〇%が三年以内に破産するという。
大金を稼いだり得たりすると、自制の難しさに拍車がかかる。財産がいきなり増えた場合がとくに大変だ。直感に反するようだが、銀行口座に大金が入っても、お金をより適切に管理できるという保証はない。』
(出典:ダン アリエリー,ジェフ クライスラー. アリエリー教授の「行動経済学」入門-お金篇 早川書房)
このことからも「収入を増やす」ことがお金の心配をしなくて済むようになることへの解決策にはなるというのは、大間違いです。
多く稼いでいても、お金の不安は消えるどころか、ますます心を圧迫します。
つまりお金の問題が「絶対的な貧困」の問題でない場合は、ほとんどの場合、心の問題、なのです。
では、お金の心配の源泉が心だとすれば、我々の振る舞いは、どうあるべきでしょうか。いくら蓄財しても、不安が消えない場合、我々は何を目指すべきなのでしょうか。
まず厳然たる事実として「貧困」に陥らない程度の貯蓄は必要です。
公的年金の平均額は夫婦二人で16万円(二人とも自営)~28万円(二人とも正社員)程度であり(出典:公的年金受給者に関する分析ー配偶者の状況と現役時代の経歴(就労状況)からみた年金受給状況ー 厚生労働省)、この金額で十分とはいえません。
しかし、そのラインは想像しているよりも低く、夫婦の支出が月23.6万円(出典:総務省統計局2022年)であることを考えると、厚生年金の人は、あまり心配しなくても良いラインと言えるでしょう。
ただし厚生年金を受け取れない自営業の人は多めに貯蓄が必要です。「老後破産(新潮文庫)」を見ると、老後に極度の貧困に陥っているケースはほとんどが「国民年金」しか受け取れない状態の人です。
では皆さま、自分がどの程度の年金を受け取れるか、知っているでしょうか?
そして、どの程度の金額を貯蓄すべきか、シミュレーションしているでしょうか?
実は、自分で簡単にできます。
どの程度の年金受給ができるのか、「ねんきんネット」を見て各自、備えればいいのです。
稼ぎを増やすより、コストを減らすより、「現状把握」のための家計簿を
しかし、ほとんどの人は「自分の年金受給額」すら知らないのではないでしょうか。
調べるの、面倒くさいですよね。
でも、本質的には「削るべきところを削れる」「自分の経済状態を把握する」ための情報、つまり家計の情報をきちんと把握しないままに老後に突入するのは無謀でしかありません。
ではどうするか。
具体的には、家計簿をつけることが、もっとも将来不安を解消する手段としては有効です。
はっきりいって、これに勝る手段はありません。
稼ぎを増やす、コストを減らす、その前に
「何が起きているのかを知る」ことが最も肝心なのです。
我々は皆、自分自身の経営をせねばなりません。
そして、経営をするに当たってなにより重要なのは、お金の流れを把握することです。
不安というのは、将来がわからない状態に置かれるからです。
逆に言えば、将来の状態があらかじめわかっていれば、不安はそれほど大きくなりようがありません。
「悪い」「良い」のどちらにせよ、「それがわかっている」状態ではいくらでも手を打てるからです。
最近、政府はフィナンシャル・リテラシー教育の重要性を説いていますが、その第一の項目は、収支管理です。
(出典:政府広報オンライン)
今すぐ、収支管理を始めましょう。具体的には家計簿をつけましょう。
将来どの程度のお金が手元にあるのか、わかってしまえば「不安」は消え、「やるべきこと」がわかります。
これは、仕事と全く同じです。取り掛かる前は、あれほど不安だった仕事が、取り掛かってしまえばなんてことない仕事だった、というのは、よくある話です。
我々がお金の心配をしなくてすむようになる方法とは、まさに家計簿のような、誰でも知っていて、何てことはないことを、きちんとやり切ることなのです。