お金を貯めたい、増やしたい。
そう思ったらまずは情報収集だ。
間違った知識で判断しないように、慎重に情報を精査。その際根拠として一番説得力があるのが、数字だ。
「頑張っていっぱいお金を貯めた方法」よりも、「毎日帰宅が21時の平凡なサラリーマンが1年間で100万円貯めた方法」のほうが、より具体的でしっかりしているように思える。
客観的な数字は、いかにも理論的で普遍的。だから信用できる。
……と考えがちだが、その数字、本当に正しい「解釈」してますか?
「統計は嘘をつかないが、嘘つきは統計を使う」という言葉がある。
それは、数字自体は事実であっても、解釈や伝え方によって印象が大きく変わるという意味だ。
例として、ひとつグラフを紹介しよう。これを見てどんなイメージを持つだろうか。
実はこれ、先日炎上した、とある行政機関の統計を模したものだ(現在は修正されているため、筆者が適当な数字を割り振って架空のグラフとして作成した)。
このグラフを見たら、有給休暇取得率がぐっと上がっているように思える。が、ちょっと待っていただきたい。
このグラフ、何かおかしいと思わないだろうか。
そう、縦軸の目盛りが恣意的に割り振られているのだ。53、55、ときて、57以降は1刻みになっている。こうすると、2021年から2022年にかけてわずか0.8%しか増加していないにもかかわらず、かなり増えているような印象になるのだ。
一方、同じ数字を0~100の目盛りでグラフ化するとこうなる。
1枚目のグラフに比べて、印象が大きくちがうのではないだろうか。
炎上したグラフは、数字自体は正しいものだった。しかし目盛りを操作して自分に都合のいい印象を与えようとしたため、多くの人に批判された。
このように、数字自体が事実でも、それが事実を適切に表現しているとは限らないのだ。
たとえばわたしが、ドイツ統計局による統計を基に、「ドイツでは残業代が支払われているのはわずか18%である」との記事を書いたとしよう。*1
それを読めば、「18%しか支払われていないということは、8割以上がサービス残業 なのか。ドイツは働きやすいイメージだったけど」なんて印象になるだろう。
たしかに統計には、残業代が支払われたのは18%。そう書いてある。
しかし詳しく見てみると、サービス残業は22%にとどまっているのだ。残業代が支払われたのは18%で、サービス残業は22%。これはいったいどういうことか?
実はドイツには、「Arbeitszeitkonto」というシステムがある。直訳すれば「労働時間口座」で、今日2時間残業をしたらその労働時間を口座に貯めておき、別の日に2時間遅く出勤したり早く帰ったりすることができる。
つまり「サービス残業」「残業手当がある残業」のほかに、「労働時間を貯める残業」が存在するわけだ。そして統計を見ると、残業時間を貯蓄した労働者が77%もいる。
さて、では「ドイツで残業代が支払われたのはわずか18%!」という内容を書いたわたしは、悪いことをしたのだろうか? 間違った情報を伝えているのか?
ほとんどの人は「労働時間口座」というドイツのシステムなんて知らないのだから、印象操作と言われてもしかたのない行為だ。しかし、嘘を書いているわけではない。
もちろん意図せず間違ったメッセージを伝えてしまうこともあるだろうが、その気になれば、捻じ曲げた解釈を事実かのように伝えるのはとても簡単なのだ。
数字を使えば、なおさら。
別の例も挙げよう。
みなさんは、「犯罪者の98%はパンを食べたことがある。だからパンは危険な食べ物だ」という表現を聞いたことがあるだろうか。
たしかに、犯罪者の98%はパンを食べたことがあるかもしれない。しかし、だからといってパンが危険だという結論は正しいのだろうか?
答えは、ノーだ。
これは極端な例だから「そんなわけないだろう」と一蹴できるが、数字を使って因果関係を誤解させる・誤解してしまうことは珍しくない。
例えば、「9時間以上の睡眠を続けると死亡率が高くなる」と言われたらどうだろう。
統計として、7~8時間寝る人と9時間以上寝る人の死亡率の比較を見せられたら?
・・・多くの人は、「寝すぎも体によくないんだな」と感じるんじゃないだろうか。
このように、数字を根拠にしているからといって、データ表現が正しい状況を説明するものとはかぎらないのである。
このように書くと、「数字を利用することは悪」かのように思えるが、そういうわけではない。
そもそもビジネスにおいて「数字を利用する」なんてことは当たり前で、どの企業でもやっている。
本屋に小説Aと小説Bが並んでいて、Aは発行部数1千万冊で、Bは販売部数500万冊というポップが飾られていたとしよう。
数字だけ大きく強調して書かれていたら、まるでAはBの倍売れているかのように錯覚してしまう。
が、発行部数は印刷されて発行された数なので、実際に売れた数(販売部数)のほうが少なくて当然。さらにいえば、Aが500万冊以上売れたのかどうかは、この情報だけではわからない。
また、「この方法で投資した10人は1年で平均100万円利益を得ています!」というのも、実は1人が1000万円手に入れて、残りの9人は1円たりとも利益を得ていないかもしれない。が、1000万円÷10人で「平均100万円」だったとしても嘘ではない。
数字自体を偽るのは詐欺だが、こういった「都合よく解釈してもらえるように仕向ける」ことは、いたるところで行われている。
もちろんネガティブなことだけでなく、「8」で終わる価格にするとお得感がでるため「イチキュッパ」という値段にしたり(大台割れの価格)、損をしたくないという心理を利用して「今だけ10%オフ」なんてキャンペーンをやったり(損失回避)と、数字の利用はマーケティングの基本でもある。
数字を利用することが悪なのではない。
ただ、悪意をもって利用をしている人もいるから、気をつける必要はある。
お金の話をすると、必ずといっていいほど数字が出てくる。
どちらの利益が大きいか、より得する可能性が高いのはどちらか……。
数字を根拠に考えれば、理論的で客観的に正しい結論にたどり着くと思いがちだ。数字は、それ自体が説得力を持っているから。
しかしその数字には、解釈という要素が加わっていることを忘れてはいけない。
意図的に他人に誤った印象を与え、印象操作しようとする人だっている。悪意はなくとも、統計を読み違えたうえで記事にしてしまったり、上から渡された都合のいい数字だけをもとにセールスしたりすることもある。
数字は正しい。でも、解釈や伝え方が正しいかは別問題。
「数字を根拠に考えればいい」と思っている人こそ、数字をもとにした歪められた表現を信じてしまう可能性は高くなる。
だから、目の前の数字を鵜吞みにせず、ちゃんと自分で「数字の解釈」を考えて判断することが大事なのだ。
出典
*1、Statistisches Bundesamt『Pressemitteilung Nr. N 042 vom 6. Juli 2022』
※日本語解説 労働政策研究・研修機構『「時間外労働」をした労働者の2割がサービス残業』