
賃上げのニュースというと、大企業の春闘や満額回答が注目されがちです。
ですが、家計への影響を考えるうえで無視できないのは、中小企業の賃金がどう動くかです。
国内の雇用の7割は中小企業が担っているため、中小企業の賃上げが広がるかどうかは、多くの人の手取りや消費、地域経済の動きに関わります。*1
2026年度については、東京商工リサーチの調査で企業全体の賃上げ実施予定率が83.6%に達しました。中小企業に限ると82.8%です。
数字だけを見ると、賃上げは一定程度広がっているように見えます。*2
ただし、中身まで見ると状況は単純ではありません。
高い賃上げ率を実現できる企業は限られ、価格転嫁の遅れや人件費負担の増加から、収益の裏付けが十分でないまま賃上げに踏み切る企業もあるとみられます。
本記事では、2026年時点の中小企業の賃上げの実態を確認します。
そのうえで、なぜ賃上げが避けられないのか、そしてなぜ思うように進まないのかを整理します。
2026年の中小企業の賃上げは、「実施する企業は多いが、十分な水準まで届いているとは言いにくい」というのが実態に近いと考えられます。
件数ベースでは前向きな動きが広がる一方、賃上げ率や持続性にはなお課題が残ります。
東京商工リサーチの2026年2月調査では、2026年度に賃上げを「実施する」と回答した企業は83.6%でした。
5年連続で80%台となっており、賃上げの実施そのものは、一部企業だけの動きではなくなっています。*2
もっとも、この83.6%には大企業も含まれます。
規模別で見ると、大企業は93.8%に対し、中小企業は82.8%でした。
中小企業でも8割を超えていますが、大企業との差はなお11ポイントあります。*2
つまり、賃上げは広がっているものの、企業規模による余力の差は依然として大きいということです。
「賃上げの有無」だけでなく、どの程度の上げ幅が広がっているのかまで見る必要があります。
同じ調査では、賃上げ率が「5%以上」と答えた企業は全体の35.5%でした。
前年実績の39.6%から低下しており、企業数ベースでは賃上げが広がっても、上げ幅では勢いが鈍っていることがうかがえます。*2
さらに中小企業に絞ると、「6%以上」と答えた企業は7.2%にとどまりました。
連合は2026年春闘で全体5%以上、中小企業6%以上を掲げていますが、現実には中小企業の多くがその水準に届いていません。*2
「賃上げをすること」と「生活実感が変わる水準まで上げること」は別問題です。
物価上昇が続く局面では、わずかな賃上げでは実質的な購買力の改善につながりにくくなります。
中小企業にとって賃上げは、本来なら業績の改善を踏まえて判断したいテーマです。
ところが足元では、景気が十分に強くなくても、賃上げを見送ること自体が難しくなっています。
主な背景としては、次の3つが挙げられます。
2026年春闘の第6回集計では、連合の賃上げ率は全体で5.02%となり、5%台を維持しました。
一方、300人未満の中小組合は4.70%で、全体を下回っています。
大企業を含む全体では高水準の賃上げが続く一方、中小企業では賃上げ余力の差が表れやすい状況といえます。*3
また、集中回答日にはトヨタ自動車やホンダ、日立製作所、三菱電機などで満額回答が相次いだと報じられています。*4
大企業を中心とした高水準の回答は、単にニュースとして目立つだけではありません。
賃金相場を押し上げる要因になり、求職者や従業員の意識にも影響します。
採用や人材定着の面では、大企業の賃上げが周辺の中小企業にも影響する可能性があります。
働く側から見ると、勤め先の業績だけでなく、人手不足や採用環境によっても賃金改定が左右されやすい状況です。*2 *3
これは業績連動型の賃上げというより、人材確保を目的とした賃上げと考えられる場面も少なくありません。
最低賃金の引き上げも、中小企業にとって大きな圧力です。
地域別最低賃金の全国加重平均は2024年度1,055円、2025年度1,121円でした。
2025年度の引き上げ額66円は、昭和53年度に目安制度が始まって以降で最高額です。*5
政府は、最低賃金について「2020年代に全国平均1,500円」という高い目標を掲げています。*6
最低賃金が上がると、時給がボーダー近辺だった従業員の賃金を引き上げる必要が出ます。
さらに、最低ラインだけを上げると職場内の賃金バランスが崩れるため、周辺の従業員にも連鎖的に処遇改善が必要になることがあります。
特に人件費比率の高い小売、サービス、運輸、介護などでは、この影響が相対的に重く出やすいと考えられます。
最低賃金の引き上げは働く人の生活を支える一方、中小企業側には継続的なコスト増としてのしかかります。
賃上げ余力の弱い企業ほど、負担感が強まりやすい状況です。
東京商工リサーチの調査では、賃上げを行う理由のトップは「従業員の離職防止」で80.3%でした。
「新規採用を円滑にするため」も49.4%あり、「業績向上分の還元」30.5%を大きく上回っています。*2
この結果は、中小企業の賃上げが「業績が改善したから上げる」というより、「上げなければ人が辞める、採れない」という発想に近づいていることを示しています。
一般的に、採用や定着を意識した賃上げ圧力が強まっている局面とみられます。*2
その一方で、勤め先が中小企業の場合、賃上げが必ずしも収益の裏付けをともなっていない可能性もあります。
将来にわたって持続するかは、別の視点で見る必要があるでしょう。
賃上げの必要性はわかっていても、実際に実行できるかどうかは別の話です。
特に中小企業では、原材料やエネルギー、人件費の上昇分を十分に販売価格へ反映できないまま、賃上げだけが先行するケースがあります。
日本商工会議所の2026年4月のLOBO調査によると、コスト全体で10割の価格転嫁ができた企業は3.7%でした。
さらに労務費増加分に限ると、10割を転嫁できた企業は3.9%にとどまっています。*7
労務費増加分で「4割以上の価格転嫁」ができた企業は38.9%で、2025年10月調査から0.2ポイントの上昇にとどまりました。
小規模企業ほど転嫁が難しく、従業員10人未満では27.7%となっています。*7
つまり、賃上げの原資を商品やサービスの価格に十分のせられない企業が多いということです。
賃上げをしても、その負担を自社で抱え込めば利益は縮みます。
消費者としては「値上げは困る」と感じやすい一方、値上げが進まないことが中小企業の賃上げ余力を奪っている面もあります。
東京商工リサーチによると、「人件費高騰」を要因とする倒産は2025年に152件となり、前年より43.3%増加しました。*8
もちろん、賃上げそのものが問題視されるという意味ではありません。
問題は、価格転嫁や生産性向上が追いつかないまま、人件費だけが増えてしまうことです。
特に資金余力の乏しい企業では、採用や離職防止のための賃上げが、そのまま資金繰り悪化につながる可能性があります。
賃上げが社会全体では望ましい方向だとしても、個々の企業では大きな負担になり得ます。
中小企業の賃上げを考える際は、価格転嫁や収益力の改善がどこまで進むかも確認したい論点です。*7 *8
足元の中小企業の賃上げを理解するうえで重要なのは、「どのくらい上げたか」だけでなく、「なぜ上げたのか」を見ることです。
最近の調査では、賃上げの判断が、必ずしも収益改善だけで決まっていない実態が見えてきます。
商工中金の調査では、経常赤字の企業でも平均3%を超える賃上げが計画されていました。また、経常赤字の企業でも60%を超える企業が全従業員を対象に賃上げを実施しています。*9
この結果からは、中小企業の賃上げが、収益力だけでは説明しきれない判断によって行われている面がうかがえます。
人手不足が慢性化するなかで、利益が十分でなくても、人材確保や従業員の定着を優先せざるを得ない企業があると考えられます。*2 *9
ただし、こうした賃上げは持続性が課題です。
東京商工リサーチ調査では、2026年度に賃上げを実施すると答えた企業のうち、向こう5年先まで見通して「毎年実施するのは難しい」とする企業も一定数ありました。*2
中小企業の賃上げが広がれば、家計の収入を下支えすることが期待されます。
しかし、その土台が価格転嫁や生産性向上ではなく、人材流出の回避や最低賃金への対応に大きく依存している場合、将来も同じペースで賃上げが続くとは限りません。
ニュースで賃上げ率だけを見るのではなく、賃上げの理由や持続可能性まで確認することが必要です。
2026年の中小企業の賃上げは、実施率だけ見れば広がっています。
ですが、5%以上の高い賃上げを実現できる企業は限られます。
価格転嫁の遅れや最低賃金の上昇、人材確保競争の激化が重なり、収益改善が十分でないなかで賃上げを迫られる企業もあるとみられます。*2 *7 *9
中小企業は日本の雇用の7割を担っています。
だからこそ、中小企業の賃上げが持続的な形で進むかどうかは、多くの家計の収入と消費の先行きを左右します。*1
今後見ておきたいのは、賃上げ率そのものだけではありません。
価格転嫁が進むか、生産性向上が進むか、そして収益改善が乏しいなかで賃上げを迫られる状態から脱せるかです。
表面的な「賃上げ実施率」だけではなく、その裏にある原資と持続性まで見ることが、ニュースを読み解くうえで重要になるでしょう。
本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。
出典
*1 中小企業庁 「2026年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」
*2 東京商工リサーチ 「2026年度の『賃上げ』 実施予定は83.6% 賃上げ率『5%以上』は35.5%と前年度から低下」
*3 日本労働組合総連合会 「2026春季生活闘争 第6回回答集計結果について」
*4 Reuters 「春闘は大手で満額回答相次ぐ、賃上げ5%台維持か 中東リスクも」
*5 厚生労働省 「令和7年度 地域別最低賃金 全国一覧」
*6 首相官邸 「石破内閣の主要政策 01/物価上昇を上回る賃上げの普及・定着」
*7 日本商工会議所 「商工会議所LOBO(早期景気観測)2026年4月調査結果」
*8 東京商工リサーチ 「2025年の『人手不足』倒産は過去最多の397件 『賃上げ疲れ』が顕在化、『従業員退職』が1.5倍増」
*9 商工中金 「【詳細版】中小企業の賃上げの動向について」
