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「無料」は不合理な行動を招く 私たちを惹きつけるゼロコストの魔力とは
「無料」は不合理な行動を招く 私たちを惹きつけるゼロコストの魔力とは

「無料」は不合理な行動を招く 私たちを惹きつけるゼロコストの魔力とは

2022/10/20・提供元:Money Canvas

「タダ」には魔力があります。


例えば、人気のドーナツを買うために長い行列に並んでいるとき、少しうんざりしてきた頃合いで無料のドーナツをたった1個配ってもらった途端、残りの待ち時間が気にならなくなる。


通販で、2個買えば3個目はタダの商品があるとき、あるいは送料が無料になるとき、特に必要もないのに同じものを何個も買ってしまうことがある。


家に帰れば山ほどペンがあるというのに、景品だとついつい手を伸ばしてしまう・・・。


私たちはなぜそれほど「無料」に惹かれるのでしょうか。また、それはどのような問題につながるのでしょうか。そして、その問題をメリットに変える方法はあるのでしょうか。


「無料」にまつわる私たちの不合理な行動について、行動経済学の知見と興味深い事例を紹介し、「無料」のもつ不思議な力について考えます。



ゼロは興奮の源

行動経済学者のダン・アリエリー博士は、「ゼロは不合理な興奮の源だ」と述べています。*1 それはどういう意味でしょうか。


「無料」にまつわる私たちの不合理な行動について、行動経済学の知見と興味深い事例を紹介し、「無料」のもつ不思議な力について考えます。



行動経済学とは

ここで、アリエリー博士の興味深い考察をみていく前に、行動経済学について簡単に押さえておきましょう。


行動経済学は、2002年度にダニエル・カーネマン博士がノーベル経済学賞を受賞してから、日本でも注目が集まるようになってきました。*2-1


人間が経済社会の中で実際にどのように行動しているのかを観察すると、狭い意味での合理性とは矛盾する行動をとっていることが観察されます。*2-2, *3


行動経済学は、そうした「不合理な行動」に注目し、経済活動の中で人間がどのように行動しているのかを研究する科学分野です。


そのため、従来の経済学だけでなく、人々の行動について研究する社会学や法学、心理学、人工知能、さらに、ファイナンス会計、マーケティングなどの他の近接学問分野とも連携して人々の行動特性を研究し、経済政策や制度設計に役立てることを目指しています。


ただ、最近、心理学や行動経済学分野での実験には再現性がなく、その知見には信憑性がないという批判があります。マスコミでも報道されたので、読者もご存じかもしれません。それに対して、再現性はあるという批判もあり、さらに、その批判に対する再批判もあります。 *4, *5, *6, *7


結局のところ、実験の再現性が高くてもそれをどの程度一般化できるのかという問題があります。さらに逆にもし再現性に乏しかったとしても、それで完全にその研究を否定することも難しいのです。*8


これからご紹介するアリエリー博士は実験の偏りをおそれ、1回の実験結果を絶対的なものとせず、実験を重ねて結論を得ていますが、科学的な知見の多くは「仮説」であるとこころえ、柔軟に受け止める態度が必要でしょう。


「無料」に群がる人々

アリエリー博士は、「無料」をめぐる人々の行動を探るために、次のような実験を行いました。*1


大きな公共施設で、テーブルを出し、スイスの高級ブランドのトリュフと一般的なキスチョコの2種類のチョコレートを並べて「おひとりさま、ひとつまで」と書いた大きな張り紙を掲げた上で、様子をみたのです。


キスチョコは1セント、トリュフは15セント(市販の約半額以下)。


さて、その結果、「売り上げ」はどうなったでしょうか。約73%の人がトリュフを買い、27%がキスチョコを買いました。


そこで、博士は次に、どちらのチョコレートも1セント値引きし、トリュフを14セントに、キスチョコは無料にしてみました。

すると、約69%の人がキスチョコの方を選び、トリュフを選んだのは31%に激減しました。


どちらも同じ金額分、値下げしたのですから、2種類のチョコレートの相対的な価格差は変化していません。従来の経済理論(費用便益分析)では、この値下げによって客の行動に変化は生じないはずです。


ところが、人々はテーブルに押し寄せ、無料のキスチョコをわれ先につかみ取った。それこそが「無料」の魔力なのです。



ゼロコストの魅力は不合理な行動を呼ぶ

博士は、さらに実験を重ねます。そこから見えてきたのは、どのようなことでしょうか。*1


実験の追証

次に博士は、キスチョコの値段を2セント、1セント、0セントへと変えていき、トリュフも27セント、26セント、25セントと、どちらも1セントずつ段階的に値下げしました。


この実験では、トリュフを27セントから26セントに、キスチョコを2セントから1セントに値下げしたときには、買い手の割合に違いは出ませんでした。ところが、キスチョコを1セントから無料にした途端、キスチョコを欲しがる人が圧倒的に増加したのです。


博士は、さらに、MIT(マサチューセッツ工科大学)の学生食堂でも同様の実験を行いましたが、その実験でも学生たちは「無料」の選択肢に殺到したということです。


「無料」は不合理な行動を招く?

もちろん、無料で何かを手に入れて満足するのは悪いことではありません。

では、値段が無料なのではなく、交換が無料だったらどうでしょうか。


例えば、無料で1,000円のギフト券を受け取るのと、700円出して2,000円のギフト券を受け取るとしたら、どちらを選ぶでしょうか。*1


もし、1,000円のギフト券の方を選んだとしたら、それは不合理な選択です。そこから得られる利益は1,000円ですが、もし700円で2,000円のギフト券を手に入れたとしたら、1300円の利益を得ることになるからです。


私たちはやはり「無料」の魅力には勝てないようです。

アメリカンオンライン(以下、「AOL」)が時間従量制から月額固定性(固定料金で何時間でも使い放題)に移行したときにも同じことが起こりました。AOLへの接続数はひと晩で14万から23万6,000に増え、平均接続時間も倍増しました。


これは、一見、望ましい経済効果をもたらしたように見えるかもしれませんが、実はそうではありません。

回線が混雑して利用者は接続できなくなり、AOLは他のプロバイダから回線を借りなければならなくなってしまったのです。そのコストは非常に高くつきました。


これと同じような不合理な判断は、個人の消費でもみられます。例えば、年会費が無料で実質年率が12%のカードと、実質年率は9%だけれど年会費が1万円かかるカードでは、どちらを選ぶでしょうか。多くの人は年会費に気を取られすぎて、もしかしたらはるかに費用がかかる方のカードを選んでしまうかもしれません。


クレジットカードの場合、「無料」の魅力はより高まるとアリエリー博士は指摘します。なぜなら私たちの大多数は、自分の未来の財政状況を楽観視する傾向があり、自分はいつも期限内に支払えると過信してしまうからです。


しかし、その予測どおりにならなくなってしまった場合は、年会費がかかっても実質年率が低いカードの方がコストが低いこともあり得ます。


このように、私たちは、「無料」に魅力を感じるばかりに、頭金が無料でも、金利や手数料が高い住宅ローンを選んだり、無料のおまけがついているだけでほしくもない品物を買ったりする、不合理な選択をするおそれがあります。


どうして私たちはそれほどまでに「無料」に魅せられてしまうのでしょうか。


「無料」の魅力は恐れと結びついている?

アリエリー博士は、無料だというだけで不合理な行動をとってしまう原因の底には、「恐れ」があるのではないかと指摘しています。

人間は本質的に失うことを恐れるものだという主張です。


無料のものを選べば、目に見えてなにかを失う心配はありません。一方、無料でないものを選んだ場合には、間違った選択をしたかもしれないという危険性が残ります。

それで、二者択一のときには思わず無料の方を選んでしまうというのです。



「無料」の特別な力を生かす

価格設定の世界ではゼロは単なる価格とはみなされません。無料の感動にうち勝てるものはないからです。ゼロ円の効果は、単独で独自のカテゴリーをつくっています。*1


そのために、私たちはしばしば罠にはまり、不合理な選択をしてしまいます。


しかし、それを逆手にとって、「無料」の力を生かすことも可能です。


「無料」の生かし方

もし、商売をしているのなら、何かを無料にすることで客を大勢集め、より多くの商品を売ることができるようになるかもしれません。


また、「無料」を利用して、社会政策を推進することも可能だと博士は述べます。

例えば、電気自動車を普及させたいのなら、車の登録や車検の手数料を安くするのではなく無料にすればいい。


あるいは、病気の早期発見を目指すのなら、それに有効な検査の費用を安くするのではなく、無料にすればいいというのです。


友だちとの食事の支払いはどうする?

最後に、賛否両論が巻き起こりそうな博士からの提案をご紹介します。


グループで食事をするとき、誰が支払いをするかという問題です。


博士の提案は、持ち回りで、毎回誰かひとりが食事にかかった費用をすべて支払うというものです。


端的にいうと、私たちはみなタダで食事をするのが好きだから、支払いを持ち回りにすれば、何度もその「無料」を楽しめる。それに、「相対的な利益」も得られるからというのがその理由です。


その「相対的な利益」とはどういうことでしょうか。社会科学で「出費の痛み」と呼ばれているものがあります。私たちがお金を払うとき、金額に関係なく、精神的に感じるあの痛みです。


この痛みには興味深い特徴があります。請求額が高いほど痛みも大きくなりますが、金額が加算されるごとに増える痛みの量は減っていくのです。これを「感応度の逓減性」といいます。


もし4人のグループで食事をした代金が1万円だったとしましょう。割り勘で払う場合には全員が2,500円ずつ支払い、それぞれが出費の痛みを味わいます。


仮にこの痛みを「痛」という単位で表し、2,500円払う痛みを10痛とすると、割り勘にした場合の痛みは合計で40痛になります。しかし、誰かひとりが全額支払う場合には、「感応度の逓減性」によって、支払う人は最初の2,500円に対しては10痛を感じても、次の2,500円の痛みは例えば7痛、次の2,500円の痛みは5痛、最後の2,500円は4痛となり、合計は26痛で、痛みの合計は割り勘にするより14痛少なくなるのです。


博士のこのような提案は「無料」の魅力を何回も味わうための方策ですが、2022年6月に日本で行われたある調査によると、25%の人がキャッシュレスの割り勘を利用しているとか。*9


果たして博士の提案に頷く人はどのくらいいるでしょうか。



「無料」の魔力を意識しよう

いずれにせよ、私たちは「無料」に過剰に反応する傾向があり、それが不合理な行動に結びついてしまうおそれがあります。*1


たいていの取り引きには良い面と悪い面があるのにもかかわらず、無料になった途端、その悪い面に目が向かなくなり、無料であることに感動して、無料で提供されるものを実際よりずっと価値のあるものだと思ってしまうのです。


こうした傾向があることを意識するだけでも、思わず飛びつきそうになった不合理な選択に、少しストッパーがかかるかもしれません。



資料一覧


*1ダン・アリエリー著、熊谷淳子訳(2014)『予想どおり不合理』(電子書籍版)早川書房


*2-1行動経済学会「設立の目的と経緯>行動経済学会設立趣意書」


*2-2行動経済学会「概要」


*3大阪大学 行動経済学研究「行動経済学研究センターとは」


*4Science“Estimating the reproducibility of psychological science”(28 Aug 2015 Vol 349, Issue 6251 DOI: 10.1126/science.aac4716)


*5Science“Comment on “Estimating the reproducibility of psychological science””(4 Mar 2016Vol 351, Issue 6277 p. 1037 DOI: 10.1126/science.aad7243)


*6Science“Response to Comment on “Estimating the reproducibility of psychological science””(4 Mar 2016 Vol 351, Issue 6277 p. 103 7DOI: 10.1126/science.aad9163


*7Science“Evaluating replicability of laboratory experiments in economics”(3 Mar 2016Vol 351, Issue 6280 pp. 1433-1436 DOI: 10.1126/science.aaf0918


*8平石界・中村大輝(2021)「心理学における再現性危機の10年―危機は克服されたのか、克服され得るのか―」(科学哲学54-2)p.43


*9PRTIMES「4人に1人が"キャッシュレス割り勘"を利用したことがある!利用率最多は「PayPayの個別送金」~キャッシュレス割り勘に関する意識調査~」(2022年6月20日 15時00分)

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