古いビルの扉を開けると、そこはゴミ屋敷だった。
昭和の時代に建てられた古いビルの1室に、そのゴミ屋敷、もとい商店街組合の事務所はあった。
面積は広いはずなのに窮屈に感じる新しい職場は、雑然と置いてある物の9割が不用品で、そのうちの半分が岡田さんの私物だ。
岡田さんは80歳に近い高齢の女性で、勤続およそ40年。人生の約半分を、この事務所で過ごしていた。
「あれ?おかしいな。聞いてた話と違うんですけど...」
出勤初日、事務所に入るなり私は戸惑った。
部屋の風景が、2ヶ月前と全く変わっていないのである。私が2月に「これからお世話になります」と挨拶に来た時、岡田さんは天井近くまで積み上がった書類と散乱した私物を指差しながら、
「今は散らかってるけど、4月にあなたが来るまでには、不要な物はぜ〜んぶ捨てておくからね!」
と、確かに言ったのだ。「片付けを手伝いに来ましょうか?」と申し出る私に、
「いいの、いいの!自分でやるから大丈夫!」
と、確かに岡田さんは言ったのだ。それなのに、捨てられているはずの壊れたリクライニングチェアも、映らないブラウン管テレビも、古い書類の山もポスターの束も、全てが2ヶ月前と全く同じ位置にあるではないか。
唖然とする私とゴミの山を全く意に介さず、岡田さんは仕事の引き継ぎにとりかかろうとした。
「あの、片付けは?」
「あ〜、時間がなくってねぇ。仕事の引き継ぎを一通り済ませたら、ゆっくりやるから。
私、ゴミに埋もれてても全然気にならないタイプなの。あははは」
「いや、あなたが気にしなくっても、こっちは気になるんですが...」と思ったが、相手は人生の大先輩であり、こちらは仕事を教えてもらう側である。ここは黙って岡田さんの言うことを聞くしかない。
まず最初に、請求書の作成から教えてもらうことになった。岡田さんはゴミの山からB5サイズのチラシの束を引き抜くと、
「これは古いチラシだけど、紙に厚みがあって丈夫でしょ?組合員さんたちに出す請求書のコピーを取るのに丁度いいのよ。メモ用紙としても使い勝手がいいから、捨てたらだめよ」
と言った。しかし、部屋のあちこちに分散して置かれていたチラシをまとめてみると、なんと5,000枚近くもあるではないか。それは商店街が定期的に開催しているイベントのチラシで、毎年配り切れなかった余りを捨てず、数十年分もストックし続けてきたのだ。
それが溜まりに溜まって5,000枚である。
捨てましょうよ!
コピー機はコピー機で、驚くほどの年代物だ。いくら押してもタッチパネルがぜんぜん反応してくれない。
「この機械も古いから調子悪くて。でも、まだ使えるからもったいないでしょ」
私の指には全く反応しなかったコピー機だったが、岡田さんがタッチパネルにぐいぐい指を押し付けると、どうにかスタートボタンを押すことができた。
けれど、ガコンガコンと大きな音を立てながら刷り上がったコピーは、10枚中4枚が白紙のままで、あとの6枚も線がかすれ、中心がずれている。
「これは絶対こわれてますって!リース解約しましょう」
「解約してどうするのよ?うちはお金がないんだから、新しいコピー機なんて借りられないのよ」
「どうしてもコピーが必要なら、すぐそこのコンビニでとればいいじゃないですか。そもそも請求書は会計ソフトを使って発行して、ペーパーレス化すればいいんです。
書類の保存だって、スマホのスキャンアプリを使ってデータ化してしまえばいいんですよ。だから、もうこのコピー機は要りませんって。処分しましょう」
「そんな、直せばまだ使えるのに、もったいない。修理業者を呼んで直してもらいましょう」
「いや、修理にかかるお金で、コンビニでコピーめちゃくちゃ取れますからね。それこそお金の無駄ですってば」
岡田さんは納得がいかないように眉根を寄せて、このコピー機はまだ現役だと言い張るのだった。
次の日から、私は朝早くに出勤して、猛烈にゴミを捨て始めた。何はともあれ自分の作業スペースを確保しなければ、仕事なんて始められない。
けれど、岡田さんはこの期に及んでまだゴミを捨て渋った。
「勝手に捨てないで。あなたじゃ必要なものと不要なものの判別ができないでしょ?私がチェックしてから捨てるから」
と言い張るのだが、もう何年も前の夏祭りのポスター、とっくに終わっている美術展のチラシ、すでに申し込み期限の切れている給付金や補助金の案内。どう見てもどれも要らない。
とりあえず不要な紙ごみや明らかなゴミを分別していると、部屋のあちこちからポケットティッシュが出てきた。まとめてみると、ゆうに50個以上はある。その他にも、スタンプ台、スティックのり、ホッチキスとホッチキス芯、穴あけパンチやハサミなど、事務用品が部屋のあちこちから複数みつかり、マジックや蛍光ペン、ボールペン、画鋲とペーパークリップにいたっては、一生かかっても使い切れない量が散乱している。
整理整頓が苦手な岡田さんは、持っているはずのものが必要な時に見当たらず、直ぐに新しいものを買い直してしまうのだ。そして、新しく買ったものもまた、どこに置いたか分からなくなってしまうため、同じものが無限に増えていく。
節約の意味ないじゃん...。
何十年もかかって堆積したゴミと、まだ使える事務用品、持って帰ってもらう岡田さんの私物を分別しながら、初めのうち私はいちいち驚いたり、呆れたり、頭を抱えたりしていた。
そんな私を尻目に、当の岡田さんは
「ここにある机も椅子も全部、私が廃業する事業所や店舗からもらってきたものなの。だから、お金はぜ〜んぜん使ってないのよ」
と、胸を張っている。そして、
「このテーブルと椅子はね、友達が昔やってた居酒屋のお古で、そっちに並んでる事務机と棚は、死んだ旦那が勤めていた会社で要らなくなったものなの」
などと、とめどなく思い出話を語るのだ。
ある時、茶色くなって破れたうちわの束をつかみ、容赦無くゴミ袋に放り込んでいると、岡田さんが血相を変えて飛んできた。
「それは捨てないで!持って帰るんだから!ほら、よく見て。これはA商店街で夏祭りをやっていた頃に配っていたうちわで、こっちはB商店街の夜市のうちわなのよ!」
同じ市内にあるA商店街もB商店街も、とっくにシャッター商店街という名の廃墟と化している。そうした商店街が夏祭りや夜市をやっていた頃とは、一体いつの話なのだろう。
「分かりました。すみません。センチメンタルバリューがあるんですね」
そうなのだ。私の目にはゴミにしか見えない大量の物たちは、岡田さんにとっては全て「思い出のカケラ」なのである。
そのことに気がついて、私も立ち止まることにした。人生の半分をここで過ごした岡田さんにとって、この事務所の片付けは終活なのだ。他人が大切にしている思い出を勝手に捨てることはできない。
それから、私は岡田さんの話をじっくり聞くことにした。古ぼけている雑貨の数々は、ゴミ袋に入れる前に「何を思って購入したのか」を尋ね、壊れている道具類は、「いつ、何の為に使うものだったのか」を確認する。
すると、岡田さんは生き生きとして、一つ一つの物にまつわる思い出を語り出した。
「この玩具はね、ゲームセンターが閉店する時に100円で売っていたから、安いと思っていっぱい買ったの。そのころ幼稚園児だった孫に丁度いいと思って。でも、しまい込んだまますっかり忘れちゃってたわねぇ。もう孫も大きくなっちゃったし...」
「あぁ、このプラスチックコップと紙コップはね、青年部がイベントをしていた頃の余りなのよ。今は解散しちゃったけど、昔は若い人が多かったから、青年部に20人も居たの。毎週末のようにイベントしてて大変だったわぁ」
「あら、このフロッピーディスクは懐かしいわね。ゲームのソフトよ。初代の理事長はよく事務所に遊びに来て、ここのパソコンでゲームしてたの。昔の商店主はみんなお金と時間に余裕があったから、ゴルフに行ったり、パチンコしたり、ゲームしたりしててねぇ」
「そうなんですね」と、相槌を打ちながら、一つ一つの物にまつわる物語に、毎日じっと耳を傾けた。すると、岡田さんにも変化がでてきた。
「いつかまた必要になるかもしれないから置いてあるの。買い直すと高いんだから、捨てないでね」
と主張していた備品類は、
「考えてみたら20年以上も使ってないんだから、もう使わないかもしれないわね。捨てていいわ」
と処分に納得し、「持って帰る」と言い張っていた小物類や収納グッズも、
「もったいないから持って帰ろうと思ってたけど、やっぱり要らない」
と、手放す決意がついたようだ。思い出が詰まっていたはずのうちわの束も、当時の祭りの様子や商店街の賑わいについて語り尽くしてしまうと、自分でゴミ袋に放り込んだ。
「えっ?捨てていいんですか?大事な物じゃなかったんですか?」
「うん。そう思ったけど、もういいかな」
岡田さんにとって大事だったのは、うちわそのものではなかったのである。
昭和から平成にかけて、商店街という場所が輝いていた時代の楽しかった思い出を、ずっと大切にしてきたのだろう。
その記憶を私に渡したことで、気持ちの整理がついたのだ。
話しては捨て、話しては捨てを繰り返して、少しずつ事務所の中から物は消えていった。
まとめたゴミは自分たちで産廃処分場へ持ち込んだり、業者を呼んで引き取ってもらったりしたが、トラック3台分のゴミを処分するのに4ヶ月もかかった。
その間、事務所にいる間はずっと岡田さんのお喋りに付き合い続けていたため、本来やるべき仕事は捗らなかった。終わらない仕事を毎日自宅に持ち帰っていたので、プライベートな時間は無いも同然だ。
初めは「これではたまらないな」と、ため息をついていたけれど、私も人が好いのか悪いのか、だんだん面白くなってしまった。
だって、何もかもがチグハグ過ぎて面白いのだ。
「節約してちょうだいね」と言ってチラシの裏をメモ書きに使いながら、メモ帳はメモ帳で使い切れないほど大量に溜め込んでいたのだから。
「銀行の手数料がどんどん値上がりして困るわ」と言いながら、何をするにもいちいち窓口に行って割高な手数料を払っていたし、8年も前に電話機が撤去されている電話回線の料金を払い続けていたり、ネットを使わないのに光回線の契約までしていたのである。
ドブに捨てていたお金で、コピー用紙は十分過ぎるほど買えたであろう。
だいたい大量のゴミを保管するために、わざわざ広い部屋に引っ越しをして、高い家賃を払っているのだ。
日々の仕事では1円2円をケチって節約している気分になりながら、実は毎月、何万円も無駄なお金を払っていたのだから、「全く何をやっているんですか」と笑わずにはいられない。
それでも、岡田さんは憎めない人だった。彼女の節約術はチグハグだけど、基本的にはお人よしだから。重複していくつも購入している文房具は、全く経費を使わずポケットマネーで購入していた。
「仕事に使う物なんだから、ちゃんと経費で買わなきゃダメじゃないですか」
と注意しても、
「だって、経費を使うのは申し訳なかったんだもの。組合にはお金がないんだから仕方ないじゃない」
なんてとぼけている。岡田さんご自身は、実は生活の上で節約の必要がないお金持ちのマダムなのだった。だからこそ「ちょっとのことなら、私が払っちゃえばいいや」と鷹揚なのだ。
彼女のキャラは憎めないし、なるべく気持ちに寄り添おうとは努めているが、
「ねえ、コピー機なんだけど、やっぱり私がお金を出すから直しましょうよ」
という申し出は、本気でありがた迷惑だったので全力で断った。そうこうするうち、「頼むから完全に壊れてくれ」という私の真摯な願いが天に通じたのか、コピー機は完全に壊れてしまった。
私はこれ幸いとリースを解約したが、嬉しかったのは5,000枚もあったチラシを処分できたことだ。
それでも岡田さんは、「いい紙なのに、全部捨てるのはもったいない」と渋ったが、もはやコピー機はなく、メモ帳は山のようにあるのだから、チラシは無用の長物なのだ。
裏紙の利用は節約している気持ちにさせてくれるけれど、全く節約にはなっていなかった。
5,000枚ものチラシを処分して、ようやく片付けも一段落ついた。と言いたいところだけれど、5ヶ月経った今もまだトラック1台分のゴミが残っている。
本気を出せば1週間で片付けられる量なのに、岡田さんがわざとゆっくりしているためだ。最近は毎日のように事務所に顔を出しては、ほんのちょっぴりしか片付けていかない。
荷物の片付けが済んでしまえば、もう事務所に来られなくなるのが寂しいのだろう。そうは言っても、とっくに退職しているのだから、いつまでも出入りされても困る。
「いいかげん終わりにしてくださいよ。じゃないと私の方が先に辞めて、岡田さんに復帰してもらいますからね」
と、最近は脅すようにしているが
「それは嫌!困る困る!」
と言いながら、岡田さんはやっぱりちょっぴりしか片付けない。そして、「お疲れ様。また、明日」と言って、今日も帰っていくのである。