「地方経済がいよいよヤバイ」
という言説を見聞きするようになって、かれこれ何年くらい経つのだろう。「いよいよ」といくら言われても、これまではいまいちピンと来なかった。
だって地方の衰退はもう何十年も前から言われてきたし、地方にお金がないのだって、べつに今に始まったことじゃない。
だいたい、体感的にはちっとも貧しさを感じていなかった。むしろ、昔より地方は豊かになっていると思っていた。日々の暮らしという点で考えれば、地方での生活は飛躍的に便利になっているからだ。
団塊の世代が「昔は良かった」と懐かしむ時代の地方には、イオンもなければネットもない。
私の地元である高知県では、その時代にテレビは民放が2局しか映らず、「笑っていいとも!」は夕方から放送されていて、世間で話題になったドラマやアニメは、都会での放送が終わった後にレンタルビデオで借りるしか見る術がなかった。
流行の服も最先端のアイテムも地元では売られていなかったから、「都会に住む親戚に送ってもらった」などの理由で持っていれば垂涎の的だ。
要するに、その時代の都会と地方では、物と情報の格差がエグかったのである。
何かといえば地方経済衰退の原因だと悪者にされるイオンだけれど、消費者にとってはありがたい存在だ。実際、地元にイオンモールが出現してからというもの、買い物がぐっと便利になった。
さらにネットとスマホのおかげで、今ではどんなド田舎に住んでいようとも、通信環境とデジタル端末さえあれば物と情報に不自由しない。
そのおかげで、昔はあれほどコンプレックスに感じていた都会との格差や不便さが、今ではほとんど気にならない。
生活がすっかり便利になれば、食べ物が安くて美味しくて、自然が近く、広い家にも住める田舎暮らしの方が、都会に住むよりずっとコスパが良くて快適だ。
とはいえ流石に限界集落に住むのは厳しいけれど、ある程度の人口が集中している地方都市なら、どこに住もうと何不自由なく生きていける。
と、この12年のあいだ信じてきた。
けれど、ここ最近、どうも目に映る地方の景色が急速に変わってきたように思えるのだ。
あれ?地方って、こんなにボロボロだったっけ?
私は今からおよそ12年前に、神奈川での生活を引き上げて、子連れで田舎に出戻った。
初めのうちこそ刺激的な都会暮らしに未練があったが、半年もしないうちに地方での暮らしの快適さに目覚め、やがて首都圏に戻りたいという気持ちは消えていった。
もはや私が子供だった頃の田舎暮らしと、現代の田舎暮らしとでは、条件が全く違うことに気づいたからだ。
今の夫と再婚してからは、彼の転勤にくっついていくつかの地方都市を転々とした。気候風土や県民性には違いがあるものの、今時の地方の風景はどこも似たり寄ったりだ。
高知にあるものは他の地方都市にもだいたいあるし、他の地方都市にあるものは高知にもだいたいある。
何よりネットさえあれば、どこへ行こうと生活は大きく変わらない。
でも......。
ずっと快適だと感じていた地方の暮らしと景色が、ここ最近は違って見える。
いつからだろう。高齢者と空き家ばかりが目につくようになったのは。
スーパーで買い物をしていると、すっかり背中が曲がり、歩くのもやっという様子のおばあさん達が、キャリーバッグに身を預けるようにしながら買い物をしている。きっと彼女たちは一人暮らしで、自分の代わりに買い物をしてくれる人が身近にいないのだろう。
同じような様子のおじいさん達も少なくない。
いつから高齢者の割合が、こんなに多くなったのだろうか。
ずっと前から地方は少子高齢化が進んでいると言われてきたけれど、以前はそこまで気にならなかった。
これまで私が住んできたのが、地方の中でも人口の密集する地域であり、なかでも若い子育て世代が多く住む人気のエリアだったからだ。過疎が進んだ地域では、もっと前から「周りを見渡せば古い家と高齢者ばかり」という状況だっただろう。
けれど、今だって私が住んでいるのはファミリー層の多い都市部なのである。それなのに、気づけば子供より高齢者が多く、新しい家より崩れそうな空き家が目につくようになっている。
ついにそうしたエリアでさえ、もうシャレにならないほど住民の高齢化と人口減の波が襲ってきているということなのか。
近頃の景色の変化は、コロナも関係している。
かつてはその辺の道路をいくらでも走っていた、流しのタクシーを見かけることがなくなったのだ。郊外はもちろんのこと、中心市街地ですらほとんどタクシーが走る姿を見ない。
コロナ前から地方のタクシー運転手は高齢男性が多かったが、コロナ禍の間にその多くが退職してしまったと聞く。まだ残っている方々も、「いいかげん免許を返納した方がいいのでは?」と不安になるようなおじいさんばかりで、乗車するのが怖いくらい。
運転手不足は大型バスにも及んでいるらしい。そのせいで、今年は高知の夏の風物詩「よさこい祭り」にも異変があった。
高知市中心部から離れた競演場や演舞場で、踊っているチームが激減していたのである。
私がよさこい祭りをちゃんと見たのは6年ぶりだったのだが、たまたま通りがかった競演場のガラガラさ加減に衝撃を受けてしまった。
昔の話をしても仕方がないが、私が高知に出戻った頃はこうではなかった。
全国から多くのチームが「よさこいの聖地」を目指して集結し、どの競演場も演舞場も観客と踊り子たちがひしめいていた。この頃はまだ、増える一方の踊り子に対して、競演場と演舞場の少なさが問題だったのだ。
しかし、今年は高知県外から参加するチームが少なかった。1チームあたりの踊り子の人数も減っており、一部の人気チーム以外は踊り子集めに苦労したそうだ。
地元紙の記事によれば、10年前に比べて57チーム6,000人が減り、子供の踊り子にいたっては半減どころの騒ぎではない。
よさこいはお金のかかるイベントだ。音楽、衣装、振付に凝れば参加費が高くなるし、ヘアメイクのために美容院代も必要で、県外からの参加となれば交通費と宿泊代もかかる。
物価高でそうしたコストの全てが上がれば、「とてもじゃないけど支払えない」と、参加を断念する人が増えるのは当然だった。
「踊り子が6,000人も減っちゃったんじゃ、そりゃ競演場もスッカスカのはずだよな」
と納得していたら、どうやら原因はそれだけではなかったらしい。バスが足りなかったというのだ。正確には、バスの運転手が足りないそうだ。
各競演場や演舞場へ踊り子を運ぶためのバスをチャーターできず、離れた場所にある競演場や演舞場への移動を諦めたチームが少なくないらしい。
コロナ禍を経て運転手が激減したのは、タクシー業界だけではないということか。そういえば、市バスや観光バスも運転手不足で本数を減らしているとニュースで読んだ。
10年前まで当たり前だと思っていた祭りの賑わいも、いつの間にかそれを支える側の人間が大きく減っていたのである。
今年は祭りの観覧だけでなく、花火大会の有料化も各地で話題になっていたけれど、昔は花火を見るのにお金を払うなんて考えられなかった。
花火の価格や警備のコストが跳ね上がる中、コロナで地元企業の体力は削られ、昔のように協賛金が集まらなくなっているのだろう。
それならば、いっそ規模の縮小や中止を選択しても良いのではと思うのだが、「企業からの協賛金が得られないなら市民から」という理屈で、祭りも花火大会も有料席がどんどん増えていく。
しかし、そうした有料観覧席のチケットを主に買うのは、地元の市民ではないだろう。特に数万円から数十万円もするようなプレミアム席で優雅に祭りや花火を眺めるのは、都会からの富裕層や外国人観光客ばかり。
もはや地元の庶民が楽しむことのできない「日本の夏の風物詩」なんて、ハリボテもいいところだ。
昭和ノスタルジーの色濃い地方の商店街も、近ごろ歩いているのは観光客ばかりになっている。こうなったらイオンに張り合おうとするよりも、いっそ観光客相手の商売に全振りした方が、よほど活性化するのではないだろうか。
地方の景色はこの10年で変わってしまった。きっとこれからの10年ではもっと変わってしまうだろう。
観客が減り、踊り子もまばらなよさこい祭りの競演場で、私はこれまで見えていなかった地方の疲弊と空洞化をはっきりと認識させられた。