2025年4月から、高年齢者雇用安定法がさらに改正されたことをご存じでしょうか。
少子高齢化が急速に進む日本では、労働力人口の減少や社会保障の負担増が深刻化しており、「高齢者にも長く働いてほしい」という国の政策的要請はこれまで以上に強まっています。
本法改正は、そうした社会情勢を背景に「65歳までの雇用機会を必ず提供する」ことを企業に求めるとともに、これまで高齢者を支えてきた「高年齢雇用継続給付」の仕組みも変えていくものです。
本記事では、高年齢者雇用安定法の概要、2025年4月の改正ポイント、さらに企業や働く個人が取るべき具体的な対策をわかりやすく解説します。
高齢者雇用が「個人の働き方」から「社会保障や経済成長」まで広く関わる意義を再確認し、改正後の日本社会でどのように備え、行動すればよいのかを一緒に考えていきましょう。
高年齢者雇用安定法は、年齢にかかわりなく働く意欲がある高齢者が能力を十分発揮できる職場環境を整備することを目的とした法律です。
少子高齢化で労働人口が減少する中、経済社会の活力を維持するために制定されました。
具体的には、企業に対し高齢者が希望すれば65歳まで働き続けられる雇用機会を確保するよう義務づけているのが特徴です。
たとえば定年(退職年齢)を60歳未満に設定することは禁じられており、定年を65歳未満としている企業は以下のいずれかの措置で雇用継続を図らねばなりません。*1
この法律の対象となるのは常時31人以上の従業員を雇用する企業です。
対象企業は毎年、自社の高齢者雇用状況(どの措置を実施しているか、シニア社員が何人在籍しているか等)を厚生労働省に報告する義務も負っています。*2
なお、2021年の法改正では、65歳までの雇用確保義務に加えて70歳まで働ける環境を用意することが企業の努力義務として盛り込まれました。*3
つまり現在は、65歳までは必ず雇用を確保し、65~70歳については企業の判断で就業機会を提供するよう努める段階です(後述するように将来的な70歳までの義務化も視野に入っています)。
次に、高年齢者雇用安定法がこの度改正された背景について解説します。
日本では少子高齢化が急速に進み、いわゆる団塊ジュニア世代(1970年代前半生まれ)が高齢期に入る2040年頃に現役世代の人口が一段と減少すると予測されています。*4
実際、2020年時点で15~64歳の生産年齢人口は約7,509万人と、ピークだった1995年から1,200万人以上減少しました。
さらに2025年から2040年の15年間で現役世代が約1,000万人減る見通しです。*5
一方で団塊ジュニア世代が65歳以上のシニア層に加わり、人口ピラミッドの一番上の層が膨らむ「2040年問題」が懸念されています。*4
こうした高齢者人口の急増と現役世代の減少により、社会保障費の増大や現役世代一人当たりの負担増が避けられない状況です。
15~64歳人口が減り続けるということは、今以上に採用難が常態化し、生産年齢人口に依存したビジネスモデルの維持が難しくなることを意味します。
そのため各企業は、女性や外国人の活用、定着率向上など様々な施策を講じていますが、特に高齢者層の活躍促進は重要な解決策となります。*5
具体的な政策目標の一つが「70歳まで働ける社会」の実現です。
先述のように高年齢者雇用安定法も2021年改正で70歳までの就業確保措置(65歳超~70歳までの継続雇用や起業支援など)の整備が努力義務化されました。*3
政府は段階的に制度を整えつつ、企業内での柔軟な働き方や再就職支援、シニア人材の能力開発支援などを推進しています。
厚生労働省も「高年齢者雇用対策」の一環で高齢者向けの職業紹介や能力開発事業を各地で展開しており、70歳現役センターの設置や企業への助言を行っています。
2025年4月施行の改正では、大きく2つのポイントがあります。それが「65歳までの雇用機会確保の完全実施」と「高年齢雇用継続給付の縮小」です。
以下でそれぞれについて詳しく解説します。
まず、「65歳までの雇用機会確保」についてです。
これは一見すると「既に65歳まで働ける制度はあったのでは?」と思われるかもしれません。
実際、前述の通り高年齢者雇用安定法では2006年以降、希望者全員の65歳までの雇用確保措置が義務化されていました。
しかし一部の企業では経過措置として、継続雇用の対象者に基準(選別条件)を設けることが認められていたのです。
具体的には、労使協定により「一定の基準を満たす人のみ65歳まで再雇用する」といった運用が一部で許容されていました。
この経過措置が2025年3月31日で終了します。
2025年4月1日以降は、どの企業も(従業員数31人以上の対象企業)一切の例外なく、希望者全員に65歳までの雇用機会を提供しなければならなくなります。*6
これが今回の改正の要旨です。言い換えれば、「定年=65歳」が法律で強制されるわけではありませんが(定年の年齢設定自体は各社の自由)、定年後も含め65歳までは希望者をすべて雇用する仕組みを整えることが完全に義務化されるということです。
今後は継続雇用制度の対象者を一部に限定することは許されず、「希望者全員」とする必要があります。
次に、「高年齢雇用継続給付」の縮小についてです。高年齢雇用継続給付とは、60歳以上65歳未満の労働者が定年後も働く場合に、60歳時点より賃金が低下した分の一部を雇用保険から補填する制度です。*7
たとえば定年後の給与がそれまでの6割程度に下がった場合、その下がった分の最大15%を国が給付金として支給してきました。
2025年4月以降、この給付金の支給内容が見直されます。最大支給率(賃金に対する給付割合)が現行の15%から10%に引き下げられ、給付額が縮小します。*7
給付率だけでなく、給付を受けられる条件も一部変更され、賃金低下率が「60歳時点の75%未満」だったものが「64%超75%未満」に変更されます。
つまり、定年後の賃金が60歳時点の64%以下に落ちた場合のみ支給対象となるため、賃金低下が小さい場合は給付が出なくなる方向です。このように支給額だけでなく支給要件もやや厳しくなる点に注意が必要です。*8
以上の改正ポイントを踏まえ、企業および働く個人が今後準備・対応すべきことを整理します。
企業にとって喫緊の課題はシニア層の賃金制度の見直しです。多くの企業では、60歳で定年退職後に再雇用する際、嘱託社員等として大幅に給与水準を下げる運用を行っています。
これは現役世代とのバランスや年金受給開始との調整等の理由がありますが、高年齢雇用継続給付がその差額補填の役割を果たしていた面も否めません。
ところが給付金が縮小されるとシニア社員の手取り収入は減り、働くモチベーションの維持が難しくなる恐れがあります。
実際、「給付金が減るなら今の会社を辞めて別の所で働いた方が得ではないか」と転職を検討するシニア社員が出てくる可能性も指摘されています。
そのため企業側は、給付金に頼らずともシニア社員が十分な収入を得られる賃金体系へと見直すことが重要です。
具体的には、成果や能力を重視した給与制度への移行が考えられます。
年功的に一定年齢で一律に賃金カットをするのではなく、本人の働きぶりに応じて適切に処遇することで、シニア社員の働く意欲を支えます。
また、国は「高年齢労働者処遇改善促進助成金」という補助金制度を2021年に創設し、60~64歳の従業員の基本給を引き上げた企業に対して一定の助成を行っています。*6
次に就業規則や人事制度の見直しです。
2025年4月の改正で経過措置が終了することにより、継続雇用制度を導入している企業は対象者を「希望者全員」に改める就業規則改定が必要になります。
特に就業規則には継続雇用制度の対象年齢や基準を定める条項が含まれているため、経過措置の文言(「基準に該当する者のみ」等)が残っていないかを確認し、漏れなく削除・修正しなければなりません。*6
さらに、シニア社員の働き方に配慮した制度整備も重要です。一般的にシニア社員は体力面の事情や家庭の事情(介護など)で、若手と同じフルタイム勤務が難しい場合もあります。
そのため、勤務時間や休日、役職定年後の役割設定などに柔軟性を持たせることが求められます。
最後にシニア社員の研修・教育体制です。高齢だからといって学習意欲が低いわけではなく、むしろ新しいスキル習得に前向きな方も多くいます。
企業側は、シニア社員が時代の変化に対応できるような研修機会を提供することが大切です。
特に近年はデジタル技術の進歩が著しく、業務のIT化・DX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいます。
そこで、シニア層にもデジタルスキル研修を実施し、パソコン操作や専用ソフトの使い方、RPA・AIなど新技術の基本を学んでもらうことが有効です。
2025年4月の高年齢者雇用安定法改正により、シニア世代が一層働きやすい環境整備が進みます。
企業には65歳までの雇用機会を確実に提供する責任が生じ、シニア社員本人も長期にわたるキャリアプランを描きやすくなるでしょう。
高齢者の雇用継続は、個人の人生設計(老後の収入確保や生きがいづくり)に直結すると同時に、企業経営(人材不足の緩和や技能伝承)や社会保障制度(年金・医療費の支え手増加)にも深く関わる重要なテーマです。
政府が高齢者雇用を推進するのも、まさに労働力確保と社会保障維持という理由によるものです。
人生100年時代、65歳はもはや「現役世代」と言われます。知識・経験豊富なシニア層が意欲次第で70歳あるいはそれ以上にわたり活躍できれば、日本経済にとって大きな力となります。
一方で、高齢者が安心して働き続けるには企業側の受け入れ体制整備と、社会全体の意識改革も必要です。
年齢による固定観念を捨て、「生涯現役」で活躍できる社会を実現することが、少子高齢化を乗り越えるカギとなるでしょう。
本改正はその一歩であり、これを機に企業も個人も将来を見据えた行動を始めることが大切です。
高年齢者雇用安定法の改正ポイントを正しく理解し、誰もが年齢に関係なくいきいきと働ける職場づくりを進めていきましょう。
本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。
最終的な投資判断、金融商品のご選択に際しては、お客さまご自身の判断でお取り組みをお願いいたします。
出典
*1 厚生労働省「高年齢者雇用安定法の概要」
*2 mediment 「高齢者雇用状況報告書の提出方法や記入項目を解説!報告義務や罰則はある?」
*3 内閣府「第3章 令和5年度高齢社会対策」
*4 PASONA「2040年問題とは?社会への影響、企業が直面する課題と対策を解説」
*5 KONICA MINOLTA 「2040年問題とはなにか?企業が抱えるリスクと有効な対策も解説」
*6 OBC360° 「「定年65歳」は義務?高年齢者雇用安定法など2025年の改正内容と必要な対策を解説」
*7 厚生労働省「第 10 章 高年齢雇用継続給付について」
*8 女性セブンプラス「《4月から高年齢者雇用安定法改正》65才までが現役世代となり、「高年齢者雇用継続給付」も縮小 受け取れるお金を最大化するための「退職のタイミング」