
自動車整備士の求人は増えているのに、なかなか人が集まらない——。
ディーラーや整備工場の現場では、そんな声がここ数年とくに強くなっています。
一方で、日本の自動車保有台数は約8,300万台と高い水準で推移しており、車検・点検・修理のニーズは底堅いままです。*1 *2
クルマ社会を支えるインフラともいえる自動車整備士の人手不足は、今後のカーライフや地域経済、ひいては関連企業のビジネスにも大きな影響を与えうるテーマです。
この記事では、自動車整備士の人手不足が深刻化している背景や、実際に起きている影響、今後の見通しまで、押さえておきたいポイントを整理して解説します。
現在の自動車整備業界は、 「車は増えているのに、それを診る自動車整備士は十分に増えていない」という深刻な需給ギャップに直面しています。
現場では「車検の予約が取りづらい」「一人あたりの作業負荷が重い」といった声が多く聞かれますが、その背景には明確な数字の裏付けがあります。
まず、整備対象となる「車の数」は8,305万台(2025年8月時点)と、依然として高い水準にあります。*2
それに対し、現場で整備作業を担う「整備要員」は402,025人にとどまり、そのうち整備士資格を持つ人は333,047人しかいません。
整備関係従業員数(562,869人)自体はここ数年で微増傾向にはあるものの、膨大な車両数を支えるには十分とはいえず、慢性的な人手不足が続いているのが現状です。*1
人手不足の理由は、大きく分けると「入口」と「出口」の2つの問題があります。
入口では、自動車整備士をめざす若年層が減少し、出口では、せっかく資格を取っても途中で業界を離れてしまう人が少なくありません。詳しく解説していきます。
ここ十数年、 自動車整備士養成校の入学者数は減少傾向にあると言われています。*3
背景には、以下のようないくつかの要因が重なっています。
せっかく整備士になっても、 現場に定着せずに辞めてしまう人が多いことも深刻な課題です。
その背景には、大きく分けて「労働環境の厳しさ」と「将来像の描きにくさ」という2つの要因があります。
こうした状況を受けて、 業界全体でさまざまな対策が模索されています。
ここでは、代表的な取り組みを紹介します。
故障診断機やタブレットを活用した点検結果の入力、整備履歴の一元管理など、デジタル技術を取り入れることで、事務作業や情報共有の負担を減らす動きが広がっています。
車両側でも、コネクテッドカーや遠隔診断機能の普及により、「事前に故障傾向を把握して部品を手配しておく」といった効率的な整備が可能になりつつあります。
人材獲得競争が激しくなる中で、基本給の引き上げや賞与の増額、残業時間の削減、有給休暇の取得促進など、待遇改善に取り組む企業がふえています。
JASPA調査でも、整備要員の平均年収は前年度比2.0%増の4,257.9千円と、じわじわと改善が進んでいます。*1
企業が受験費用を負担したり、勤務時間内に講習を受けられるようにするなど、整備士資格の取得・上位資格へのステップアップを後押しする制度も広がっています。
EVや先進運転支援システム(ADAS)に対応した「特定整備」に関する研修など、新技術へのキャッチアップを支援する仕組みも重要になっています。
体力をあまり必要としない軽作業や、受付・サービスアドバイザーなどのポジションを組み合わせることで、女性やシニアが働きやすい環境づくりを進める企業もふえています。
女性整備要員は約1万9千人と、少しずつではありますが増加傾向がみられます。*1
SNSでの情報発信やインターンシップの受け入れ、工場見学会の開催など、「かっこいい整備士像」や「最新技術に触れられる職場」であることをアピールし、若年層の興味を喚起する取り組みも行われています。
自動車整備士の人手不足は、現場だけの問題ではありません。
車利用者や、地域経済に与える影響について見ていきましょう。
車検や法定点検の予約が希望日に取りづらくなったり、故障時の修理完了までに時間がかかるケースがふえます。
繁忙期には「代車が足りない」といった問題も発生しやすくなるでしょう。
一人あたりの担当台数がふえれば、作業時間を確保しにくくなり、ヒューマンエラーがふえるリスクも高まります。
ベテラン整備士が引退しても、十分な人数の後継者が育っていなければ、難易度の高い故障診断や電子制御系のトラブル対応が滞る可能性があります。
人手不足が深刻な場合、「仕事はあるのに人が足りず受けきれない」という状況になり、売上機会の損失につながります。
帝国データバンクの調査では、2024年度の自動車整備業の倒産・休廃業・解散件数は合計445件と過去最多を更新しており、その背景要因の一つとして人手不足が指摘されています。*4
人件費や採用コストの上昇は、最終的に工賃(技術料)の引き上げという形で利用者にも跳ね返ります。
JASPA調査でも、整備要員1人あたりの年間整備売上高は前年度比5.2%増と、価格・単価の押し上げ傾向がうかがえます。*1
短期的には 「すぐに状況が好転する」可能性は低いと見られています。
JASPA調査によると、整備要員の平均年齢は47.4歳です。
これは、今後10〜20年の間に多くのベテラン整備士が定年を迎え、現場を去っていくことを意味します。*1
少子高齢化の現状も踏まえると、単なる「人数合わせ」での解決は困難でしょう。
しかし中長期的には、技術革新によって「整備のあり方」そのものが大きく変わる可能性があります。
人手不足という課題は、裏を返せば、それを解決するテクノロジーやサービスへの巨大な需要が存在することを意味するのです。
自動車整備士の人手不足は、今後もしばらく続く見通しです。
しかし、この状況を単にネガティブな「リスク」として恐れる必要はありません。視点を変えれば、私たちの行動を変えるきっかけにもなります。
ドライバーとしては、愛車という資産の価値を維持するために、車検や点検を早めに予約し、突発的なトラブルや出費を防ぐことがこれまで以上に重要になります。
一方で、投資やキャリアの視点で見れば、この「不足」こそがチャンスです。
現場の効率化を助けるDXツールや、EVなどの新技術に対応できる人材・サービスの価値は、今後ますます高まっていくでしょう。
「課題がある場所には、新しい市場が生まれる」という原則は、この業界でも例外ではありません。
自動車整備士の人手不足というニュースを、単なる業界の話題として聞き流すのではなく、ご自身の生活や資産形成に関わる重要なシグナルとして捉え、賢く付き合っていきましょう。
本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。
本コラムの内容は、特定の金融商品やサービスを推奨あるいは勧誘を目的とするものではありません。
最終的な投資判断、金融商品のご選択に際しては、お客さまご自身の判断でお取り組みをお願いいたします。
出典
*1 日本自動車整備振興会連合会「令和6年度 自動車特定整備事業者の実態調査結果の概要」
*2 一般財団法人 自動車検査登録情報協会「自動車保有台数」
*3 内閣府「規制改革実施計画 関連資料集(自動車整備人材の確保)」
*4 帝国データバンク「「自動車整備業者」の倒産・休廃業解散動向(2024年度)」
