2023年11月、誕生日を迎えたわたしは32歳になった。
気付いたらそこそこいい年の大人である。時の流れって早い。
30代になったところでなにも変わらないだろ……と高を括っていたが、精神面はともかく、肉体的にはバッチリ年をとっているようで。大学生のころのような無茶はもうできない。
そこでしみじみ、「お金で買える健康は買っておくべきだな……」と思うようになったのだ。
ロシアのエネルギーショックの影響で、わたしが住んでいるドイツをはじめ、ヨーロッパの物価が高騰した。
特に電気代の値上がりが顕著で、家計に大打撃。電気代が2倍になるなんて噂もあり、「今年の冬はできるかぎり暖房代を減らそう」と考えていた。
わたしは在宅ワークでつねに家にいる都合上、毎日朝から晩まで全部屋の暖房をつけていると、それなりにお金がかかる。
幸い今年は冬の到来が比較的遅く、11月半ばでもなんとか暖房なしで耐えられた。かなり冷えるが、着込んで毛布をかぶれば生活できる。
しかし耐えられるのはせいぜい10℃くらいまでで、外気温が10℃を切るとさすがに厳しい。
そこで、仕事部屋だけ、5段階中の2で暖房をつけるようになった(1はほぼ無意味)。
よし、これで節約だ!
と最小限の暖房のみで寒さに耐えていたのだが、つねに眠気に襲われ集中力がもたず、手足が氷みたいに冷えるのでタイピングも遅くなり、さらにメンタルも不安定で落ち込みがちに……。
ある日仕事場から帰ってきた夫が、デスクチェアにうずくまって毛布にくるまっているわたしを見て、「さすがに寒すぎだ! 暖房つけろ!」と慌てて、全部屋の暖房を適正温度で使うようになった。
そうしたら、日中は集中してしっかり働けるし、動くのが苦じゃないから家事に積極的になったし、自然と気持ちも前向きに。
暖房代をケチっただけでここまで健康に悪影響が出るのかと、驚いた。
わたしのように、ちょっとのお金をケチった結果、健康を損なうケースは結構多い。
今までで一番「やば……」と思ったのは、アメリカ旅行に行った友人の話だ。
彼は一週間ほどアメリカにスキーをしに行く際、アメリカ特化の医療保険オプションを勧められた。アメリカは医療費がとんでもなく高いからだ。
とはいえ一週間だし大きな病気にかかることもないだろう、最低限あればいい。ということで、オプションなしでアメリカへ。
が、スキー場でまさかの利き腕を骨折! 病院に搬送してもらおうとスキー場の人にSOSを求めたところ、開口一番「お金はある?」。
「最低限の保険しか入っていない外国人ではきっと診てもらえないだろう」「診断にもかなりの金額が必要になる」と言われ、彼の顔色は真っ青に。
結果、どうしたか?
彼は同伴者とともに自力で腕を固定して首から吊り下げ、病院に行かずにドイツ帰国まで耐え抜いたという。そして、フランクフルト空港から病院へ直行。
そんな旅行イヤすぎる……。聞いてるだけで痛い……。
ほかにも、大学時代のバンド仲間が、スタジオ練習するために節約生活を送っていたときのこと。
毎日早朝のコンビニのアルバイトをして廃棄予定のパンをもらい、お腹がすいたら冷凍の素うどんでしのぐ。そんな食生活を毎日送っていた結果、ふらふらになって病院で点滴を受けることになったそうだ。そりゃそうだろ、という話である。
そういえば、スーパーの特売日に買いだめしたものの食べきれず、賞味期限が切れたものを「もったいない」と食べた結果、腹痛で救急車を呼んだ友だちもいたっけ……。
いやー、そういうことって結構起こるんだよなぁ、いつでもどこでも、だれにでも。
健康のために必要なお金は、ケチるものではない。
調べてみたところ、正社員の男性28.2%、正社員の女性29.9%が、働きながら通院しているらしい。実に3割の正規職員・従業員が、なんらかの病気やケガをしていながら働いているのだ。*1
あらためてまわりの人たちの顔を思い浮かべると、「そういえばあの子、病気で休職してたな」「治療中でお酒を飲めないって言ってた」「手術した話を聞いたような……」なんてことも多い。
健康は「幸運なこと」であり、「当たり前のこと」ではないのだ。
しかし実際は「健康でいて当たり前」と思い込み、「どうにかなるだろう」「別に大丈夫だろう」と考えてしまう。いわゆる、正常性バイアスだ。
正常性バイアスとは、異常が起こっているにも関わらず、「大したことじゃない」と思ってしまうことを指す。
本来は自分自身を落ち着けるための機能なのだが、場合によっては、その楽観視によってより危険な状態に陥ってしまう。*2
たとえば、台風接近により避難をうながす町内放送が流れているにもかかわらず、「きっと大丈夫」と避難せず逃げ遅れてしまう、などがそれだ。
まさに先日、わたし自身も「これが正常性バイアスってやつか……」という経験をした。
ここ数年、熱なんて出ていなかったのに、風邪気味の夫からもらったのか、久しぶりに熱が出た。
「寝てれば治るだろ~」と甘くみていたのだが、全然熱が下がらず、3日間完全にダウン。トイレ以外は完全に寝たきりで、ほとんど食事も摂れなかった。
熱は3日で下がったものの、そのあとも咳や鼻水が一週間以上続き、喉はガラガラで肺のあたりが痛み、さんざんな思いをした。
いま思えば、インフルエンザだったかもしれない。が、わたしは人生で一度もインフルエンザに罹ったことがないから、「自分は大丈夫」というムダな自信があり、「寝ていればいい」と判断した。
自分は基本的に元気で健康的な人間だから、すぐに良くなるだろう。たいしたことはない。と、そう思ってしまったのだ。
ただの風邪、ちょっと熱が出ただけ、自分は健康。元気なのが当たり前。自分はまだまだ若い。
そういう考えから、健康に必要なコストを減らしてしまうことは、だれにでもあると思う。わたしが暖房代をケチったように。
でもだれだって病気になるし、ケガをすることもある。年をとったら、なおさらその可能性は高くなる。
まちがった場面でお金をケチってしまうと、それがダイレクトに体調に直撃し、回復までに時間とお金がかかるうえ、精神的なダメージまで食らう。働いている場合、仕事にも影響が出てしまう。
いやー、30代になってあらためて思うけど、健康って本当に大事だよ。体は資本っていうけど、本当にそう。
「ちょっとした体調不良」がもたらすデメリットが、あまりに大きすぎる。
「いやいや、自分は大丈夫」という人もいるだろうが、それは正常性バイアスだ。いままで運がよかっただけで、次同じことをしたら、結果は悪いものになるかもしれない。
健康=幸せ、不健康=不幸なわけではないけど、健康でいるに越したことはない。
だから「健康なのは当たり前」と高を括らずに、必要な場面では、ちゃんと健康のためにお金を使ったほうがいい。
20代のころは古い化粧品でも「買い替えるのもったいないなぁ~」と気にせず使っていたけど、30代になってすぐに肌荒れするようになったからな! 健康のための出費は、ケチらないほうがいいぞ!
というわけでざっくりまとめれば、「買える範囲の健康は買っておけ」。
お金を払った後悔よりも、健康を損なったときの後悔のほうが、きっと大きいはずだから。
出典
*1 内閣府男女共同参画局『男女の健康意識に関する調査報告書(概要版)』p3
*2 日本赤十字社『知ってほしい! 避難の妨げになる「正常性バイアス・同調性バイアス」』