トランプ大統領の就任から半年が過ぎました。
この間に様々な政策が打ち出されてきましたが、目玉である関税政策については日米間ではまだ水面下の交渉が続いているところです。
就任直後の発令から一時は世界をショックに陥れた「トランプ関税」は、日本企業にどのような影響を与えるのでしょうか。
今後の展望も含めてみていきましょう。
当選前から関税の引き上げに言及していたトランプ大統領は、2025年4月2日に「相互関税による輸入制限により、米国の巨額かつ恒常的な財貿易赤字に寄与する貿易慣行を是正する」と題する大統領令を発表しました。*1
トランプ大統領はアメリカが巨額の貿易赤字を抱えている状況を「国家緊急事態」と位置付けています。*2
そこで世界各国を相手にした関税の増額を発表したわけですが、株式市場には大きなショックが走りました。直後の4月4日に中国が報復関税を公表したことでさらに相場は大混乱してしまいます。*3
まず日本では週明けに当たる4月7日、日経平均株価は1987年の「ブラックマンデー」に次ぐ過去3番目の大きな下落幅を記録しました。*4
香港の株価指数であるハンセン指数もおよそ16年ぶりの安値をつけたほか、同じ日のニューヨーク株式市場でもダウ平均が11か月ぶりの安値を記録するという世界同時株安を引き起こしたのです。*5*6
では、トランプ関税は日本企業にどのような影響をもたらすのか具体的にみていきましょう。
「トランプ関税の日本企業への影響」について帝国データバンクが実施した調査によると、アメリカを含む海外に製品などを輸出している企業は「製造業」が最多の2,499社でした。
そのうち「アメリカのみ」への輸出をしている製造業は1,360社と半数以上にのぼっており、これも他業種よりも多い状態です。
したがってトランプ関税の影響を最も大きく受けるのは、自動車を始めとする製造業ということになります。
米ゴールドマン・サックス証券は日系自動車メーカー6社(アメリカで四輪車を販売していないスズキは除外)へのトランプ関税による業績の影響を全てマイナスと見込んでいます。
具体的には、2026年3月期の営業利益の減少額は
になるという試算です。*7
トランプ関税の公表以降、日本の自動車メーカーは様々な対策を取っています。
日産はアメリカ向け主力車のひとつであるSUV「ローグ」の国内生産を減らすことがロイター通信の取材で明らかになっています。
一方でアメリカの工場では2交代を1交代にする計画を撤回、2交代を維持することを発表しており、これはアメリカでの生産を増やすことで関税の負担を免れる作戦といえます。*8
また、自動車業界の関税対策は単に日米2国間だけの問題ではありません。
トヨタの北米法人は現地の部品メーカーに対し、関税に伴うコスト上昇への対応を支援すると伝えています。*9
現地生産をするにしてもメキシコ・カナダから部品調達をしていると、それらの国からアメリカに輸入する関税がかかるためです。
ホンダも主力車種の生産をカナダとメキシコから米国に移管する検討に入りました。2~3年かけてアメリカでの生産を最大3割増やし、アメリカでの販売台数の9割を現地生産でまかなえるようにする計画です。*10
マツダの場合、アメリカのアラバマ工場でカナダ向けの一部車種の生産を今年5月から停止しています。*11
アメリカとカナダが互いに車を対象にした関税を発動しているためです。日産もカナダ向けの3車種の生産をアメリカ国内の2つの工場で停止しています。
トランプ関税にはひとつの特徴があります。「交渉の余地」を残しているという点です。
4月22日にホワイトハウスが明らかにしたところによれば、アメリカには各国から18の交渉提案が示されているといいます。*12
そしてトランプ政権はそれぞれの国と交渉に臨んでいます。
なかでも中国とのやりとりは注目されるものでした。即座に報復関税を表明した相手とも交渉に臨む、これはトランプ大統領のビジネスマンとしての側面でしょう。
トランプ大統領は中国製品について、一度は145%もの関税をかけると表明しました。*13
中国もアメリカからの製品に対する関税を125%としていましたが、米中は2025年5月には互いの関税率を34%に戻すことで合意しています。*14
背景には、やはり中国が豊富に抱える資源があると考えられます。
中国政府は4月に、ハイテク製品に欠かせない「レアアース」の中でも希少なジスプロシウムやテルビウムなど7種類の鉱物を輸出規制に加えました。
アメリカからすれば、中国からのレアアースが入手困難となれば、いくら国内で製造業を強化しようにも材料不足となってしまうのです。*15
国内の製造業は守りたいが、材料不足では困る。そんな事情がトランプ政権を中国との合意に至らせた可能性は大いにあります。
ビジネスマンとしたたかな国がシビアにカードを切り合った、そのような構図が浮かびます。
では日本はトランプ政権とどのような交渉をしているのでしょうか。
トランプ大統領は2025年7月8日、日本からの輸入品に対して「8月1日から25%の関税を課す」との書簡を石破首相宛に送っています。*16
その後も日米交渉は続き、7月22日にワシントンで行われた8度目の協議で合意に至りました。
自動車と自動車部品についても、元の関税2.5%を含めて15%に引き下げるという内容です。*17
しかしホワイトハウスが明らかにしたところによれば、一方で日本はアメリカからのコメの輸入を「ただちに75%増やす」ほか、大豆やトウモロコシなどを80億ドル=およそ1兆2000億円分購入するとしています、さらに米ボーイング社の航空機を100機購入し、防衛装備品を毎年、数十億ドル購入するともしています。*18
その後7月31日トランプ大統領は、日本に対しての15%の上乗せ関税を含む各国や地域への新たな関税率を定める大統領令に署名しました。新しい関税の発動は8月7日です。*19
ただ、気になる部分もあります。
アメリカ外交問題評議会フェローのマシュー・グッドマン氏は「トランプ氏は海外指導者の強さを重視する。あらゆる可能性があるが、石破茂首相が弱体化したとみて、より強硬な姿勢を取ることも考えられる」と分析しているのです。*20
参院選での大敗が今後のトランプ大統領の行動に影響する可能性も否定できなくなっているというわけです。
こうした経緯を見ると、筆者は昔あるキャリア官僚から聞いた言葉を思い出します。
「外交なんて、テーブルの上で握手しながら、見えないテーブルの下では足を蹴り合っているようなもの」という話です。
確かにその通りですし、今回の米中の合意を見れば「逆もまた然り」と言えそうです。
国のトップは他国との会合や協議の場を終えた後、公には当たり障りのない言葉でしか結果について発信しません。
それどころか、協議全体からすればごくわずかでしかなかったポジティブな面を無理やり引き出して、良いように盛り付けて語っている時もあるものです。
「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」のキャップを被って強気の政策を展開しているトランプ大統領の一挙手一投足そして発言のひとつひとつは、今後も市場の注目の的になり続けることでしょう。
本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。
最終的な投資判断、金融商品のご選択に際しては、お客さまご自身の判断でお取り組みをお願いいたします。
出典
*1 ホワイトハウス「Regulating Imports with a Reciprocal Tariff to Rectify Trade Practices that Contribute to Large and Persistent Annual United States Goods Trade Deficits」
*2 ホワイトハウス「Fact Sheet: President Donald J. Trump Declares National Emergency to Increase our Competitive Edge, Protect our Sovereignty, and Strengthen our National and Economic Security」
*3 日本経済新聞「トランプ氏、報復なら50%の追加関税 中国に警告」
*4 日本経済新聞「株安連鎖、日経平均株価2644円下落 今期一転減益予想も」
*5 ブルームバーグ「世界株安加速、円や米国債に逃避買い-トランプ関税巡る混乱深まる」
*6 毎日新聞「NYダウ平均続落 11カ月ぶりの安値 トランプ関税で相場乱高下」
*7 日経クロステック「マツダ「大影響」日産「生産調整」、トランプ関税で」
*8 ロイター通信「日産、米国向け「ローグ」日本で減産へ トランプ関税で=関係者」
*9 日本経済新聞「トヨタ、部品の関税上昇コスト負担 メキシコ生産分など」
*10 日本経済新聞「ホンダ、米国で現地生産9割に 関税で「隣国から輸出」転換」
*11 NHKニュース「日産とマツダ 米工場でカナダ向け車の生産停止 関税負担抑え」
*12 NHKニュース「米報道官 関税交渉で各国から18提案 “トランプスピードで”」
*13 日本経済新聞「対中追加関税は計145% 混乱のホワイトハウスが訂正」
*14 JETRO「トランプ米政権、中国への追加関税率の引き下げを発表、協議継続の枠組み設置へ」
*15 日本経済新聞「中国、レアアース磁石もシェア8割 米戦闘機やEVに不可欠」
*16 NHKニュース「トランプ氏 “日本に関税25%” 今後もギリギリの交渉続く」
*17 NHKニュース「【速報中】日米で合意 相互関税15% 自動車関税も15%」
*18 TBS NEWS DIG「日米関税合意 日本が「毎年数十億ドルの防衛装備品を購入」 トランプ氏は“高関税の圧力が譲歩につながった”と主張」
*19 NHKニュース「トランプ氏 関税措置の大統領令に署名 日本は15%【一覧表も】」
*20 日本経済新聞「「急がない」トランプ氏、石破政権を値踏み 日米8度目の関税交渉へ」