
近年、国内外の観光需要は急速に回復し、多くの観光地が賑わいを取り戻しています。一方で、観光客が一部の観光地に集中することで物価上昇などを引き起こすオーバーツーリズムが懸念されています。*1, 2
また、観光地では、訪日外国人の増加にともない、観光客に対してモノやサービスの価格を高くする二重価格が設定されることもあり、その是非が問われています。*3
そこで本コラムでは、近年の国内外の観光産業の動向や、オーバーツーリズムと物価上昇の関係、観光地における二重価格の是非等について解説します。
世界全体の観光客数は、新型コロナウイルス感染症拡大前の2019年水準に戻りつつあります。*4
2024年の世界全体の国際観光客数は、前年比10.7%増の14億4,507万人となり、2019年水準に回復しました(図1)。
(出典)図1 国際観光客数と世界の実質GDPの推移(出所「令和7年版 観光白書」国土交通省)p.5
地域別に見ると、欧州を訪れた国際観光客数は7億4,730万人、アジア太平洋への国際観光客数は3億1,586 万人、米州への国際観光客数は2億1,347万人となっています。
2020年、訪日外国人観光客数は大幅に下落しましたが、2021年以降、その数は回復しています。また、2024年の訪日外国人の旅行消費額は約8.1兆円。これは、主要製品の輸出額と比較すると自動車に次ぐ規模です(図2)。*2
(出典)図2 訪日外国人旅行者数と訪日外国人旅行消費額(出所「ファイナンス 令和7年10月号」財務省)p.26
2025年も引き続き訪日外国人観光客数は増加傾向にあります。2025年1-9月期の訪日外国人観光客数はおよそ3,165万人であり、前年同時期の観光客数2,688万人を大幅に超えています。*5
国内旅行を楽しむ日本人旅行者数も、2021年以降回復傾向にあります。
2024年の日本人国内延べ旅行者数は5億3,995万人。2019年と比べると8.0%減少しましたが、前年と比べると8.5%増加しました。*6
また、2024年の日本人国内旅行消費額は25兆1,536億円と、2019年を上回る額となっています(図3)。
(出典)図3 日本人国内旅行消費額の推移(2015年~2024年)(出所「旅行・観光消費動向調査 2024年 年間値(確報)」観光庁)p.1
2025年4-6月期の旅⾏者数については、前年同期比0.3%減の1億4,483万⼈でした。一方で、消費額については前年同期比5.3%増の6兆7,453億円であり、特に日帰り旅行消費額が13.1%増となっています(図4)。*7
(出典)図4 日本人国内旅行消費額の推移(2023年1-3月期~2025年4-6月期)(出所「旅⾏・観光消費動向調査 2025年4-6⽉期(2次速報)」観光庁)p.1
2024年の都道府県別の延べ宿泊者数を見ると、日本人・外国人旅行者ともに東京都が最も多く、日本人では北海道が2番目となっています。一方で、外国人の場合は大阪府が2番目に多く、次いで京都府となっています(図5)。*4
(出典)図5 都道府県別延べ宿泊者数(日本人・外国人、2024年) (出所「令和7年版 観光白書」国土交通省)p.29
観光産業の活性化によって消費の拡大や雇用の創出等、地域経済の活性化につながるなどさまざまなメリットがあります。*2
一方で、 観光客が観光地の受入許容範囲を超えて来訪することで地域に負荷をかけるオーバーツーリズムが近年顕在化しており、さまざまな問題を引き起こしています。
オーバーツーリズムによる負の影響としては、観光客のマナー違反のほか、観光地周辺の混雑など地域住民の生活環境の悪化が挙げられます。*2
たとえば、北海道美瑛町では、近年、観光産業が大きく成長する一方で、観光客による私有地への立ち入りや路上駐車、交通渋滞が深刻化しています(図6)。*8
(出典)図6 美瑛町における主な課題(出所「『先駆モデル地域』における取組み事例集」観光庁)p.18
オーバーツーリズムによって自然環境や文化資源の劣化も懸念されています。
たとえば、沖縄県竹富町では、多くの観光客が樹木や岩を踏むことで、それらが変形してしまうなど、地域の観光資源である自然環境の劣化が問題視されています(図7)。*8
(出典)図7 竹富町における主な課題(出所「『先駆モデル地域』における取組み事例集」観光庁)p.307
観光需要の高まりによる観光地一帯の家賃や物価上昇も、オーバーツーリズムによって生じる問題の一つとして懸念されています。*2
近年、観光客の増加によって地域経済が活性化する一方で、観光関連コストの上昇が問題となっています。*9
2022年以降、エネルギー価格の上昇等により、全般的なインフレ傾向ではありますが、なかでも観光関連の宿泊・飲食費や交通料金、施設利用料の著しい上昇が見られます。
たとえば、消費者物価指数(2020年基準)における宿泊費は、2022年12月以降上昇が続き、2024年11月には161.0に達しました。同月の総合物価指数が110.7、家賃・医療等を含めた一般サービスの物価指数が102.8であったことを考慮すると、宿泊費の上昇幅が大きいことがわかります(図8)。
(出典)図8 消費者物価指数・宿泊費の推移(出所「わが国におけるソーシャルツーリズム(ST)の可能性」日本総合研究所)p.88
また、観光施設やイベントの入場料、観覧料等の値上がりも顕著です。大阪市にあるユニバーサルスタジオジャパンは2021年以降5回、合計2,200円値上げしました。
さらに、京都市にある金閣寺は2023年に100円、龍安寺は100円、奈良県の東大寺は2024年に200円拝観料を値上げしています。
オーバーツーリズムによる不動産価格の上昇も、地域住民への与える負の影響として懸念されています。
スペインのバルセロナ市では、2014年頃からオーバーツーリズムによる公共交通の混雑や物価の高騰、不動産価格の上昇などの問題が顕在化しています。*10
特に、観光フラットと呼ばれる日本の民泊のような宿泊施設は、2011年以降飛躍的に増加しており、2011年から2014年の間に824件から9,609件まで増加しました。
短期の観光客向け賃貸アパート需要の増加等の結果住宅不足が生じたことで、バルセロナ市によると長期賃貸の家賃は2025年までの10年間で68%上昇したとされています。*11
観光客向けアパートにすれば収入が大きくなることから、利用可能な住宅が足りていないと訴える地元住民もいるように、オーバーツーリズムが大きな課題となっています。
観光地におけるモノやサービスの価格に関連して、近年、二重価格を設定する自治体や事業者もふえつつあります。*3
二重価格とは、訪日外国人など観光客に対してモノやサービスの価格を高く設定する取り組みです。
国内で二重価格を検討している自治体としては、姫路市が挙げられます。姫路市は、姫路城の入城料1,000円を市民以外は2,500円に値上げする二重価格を2026年3月に導入する予定です。
民間企業では、渋谷区で2024年にオープンした飲食店「海鮮バイキング&浜焼きBBQ 玉手箱」や、沖縄県の大型テーマパーク「ジャングリア」が導入しています。
地元住民割引を適用することで二重価格を導入するケースもふえています。
ニューヨーク市にあるメトロポリタン美術館では、ニューヨーク州の住民には入館料を自ら決めることができる仕組みを採用しており、1ドルで入館することも可能です。一方で、州外からの入館者は大人の場合、30ドルを支払う必要があります。住民かどうかはチケット購入の際に身分証明書を提示することによって判断しています。*12
国内では、沖縄の県民向けホテル格安プランのほか、北海道のニセコ町や倶知安町のスキーリフト券の割引サービスなどが二重価格の例として挙げられます。*3
二重価格の料金設定次第では観光客の想定以上の減少につながる可能性もありますが、適切に設定することで自治体や企業、地元住民はさまざまなメリットを享受することができます。
まず、二重価格を設定することで、オーバーツーリズムの抑制や観光資源を維持する財源確保につながるとされています。
例えば、2026年3月から二重価格を導入する姫路市は、同施策によって得た収益を姫路城の維持管理運営や整備等に充てていくとしています。*13
また、観光客の集中を緩和するなどオーバーツーリズムへの対策になるとともに、地元住民が観光施設にアクセスしにくくなるといった問題も解決できることが期待されています。*12
さまざまなメリットがある二重価格ですが、日本での導入に向けては課題も山積しています。*14
まず、日本国憲法14条(平等の原則)では、国や地方自治体は日本国内のすべての市民を平等に扱う必要があると規定しています。
これは在留外国人にも適用され、民間サービスも憲法の間接適用説が通例・判例となっているため、外国人観光客に対する二重価格の設定には議論の余地があります。
また、海外の研究では、二重価格に対して外国人が不快感や不平等感を抱くことが指摘されており、観光客の満足度低下等につながる懸念もあります。
本記事では、オーバーツーリズムと家賃や物価の上昇の関係性を中心に解説してきました。
また、オーバーツーリズムの抑制策として注目を集める二重価格のメリットと課題についても解説しました。
近年、日本各地で報告されているオーバーツーリズムについて、物価上昇や二重価格などさまざまな問題に留意してその動向を注視していくと良いかもしれません。
本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。
出典
*1 観光庁「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた取組」
*2 財務省「ファイナンス 令和7年10月号」p.26, p.27
*3 日本経済新聞社「インバウンド向け二重価格」
*4 国土交通省「令和7年版 観光白書」p.5, p.29
*5 日本政府観光局「サマリーを見る」
*6 観光庁「旅行・観光消費動向調査 2024年 年間値(確報)」p.1, p.2
*7 観光庁「旅⾏・観光消費動向調査 2025年4-6⽉期(2次速報)」p.1, p.2
*8 観光庁「『先駆モデル地域』における取組み事例集」p.17, p.18, p.306, p.307
*9 日本総合研究所「わが国におけるソーシャルツーリズム(ST)の可能性」p.84, p.87, p.88, p.89
*10 日本交通公社「特集3『観光都市』から『観光とともに生きる都市』へ」
*11 CNN「オーバーツーリズムに抗議するバルセロナ市民、都市が抱える新たな課題とは」
*12 大和総研「観光施設における二重価格制度導入の是非」
*13 姫路市「姫路城縦覧料の改定について」
*14 日本経済新聞社「観光立国の課題、懸念多い『二重価格』の導入 西川亮氏」
