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奨学金の”代理返還”とは?急増の背景とメリット・デメリットを紹介
奨学金の”代理返還”とは?急増の背景とメリット・デメリットを紹介

奨学金の”代理返還”とは?急増の背景とメリット・デメリットを紹介

2025/08/31に公開
提供元:Money Canvas

毎月の奨学金返済は「給料の一部を確実に奪っていく」と表現されるほど、若い社会人にとって大きな負担です。
実際、日本学生支援機構(JASSO)のデータによれば、高等教育機関の学生の約3人に1人が奨学金を利用しており、大学生の場合は卒業時に平均200~300万円以上の借金を抱えて社会に出るとされています。*1

こうした背景から、企業が従業員に代わって奨学金を返済する「奨学金の代理返還」制度が近年注目を集めています。
若手人材の奨学金負担を軽減するこの制度は、福利厚生の新たな取り組みとして大手企業でも導入が始まっており、令和5年度には導入企業数が前年度比245%と急増しました。*1

本記事では、奨学金の代理返還制度の概要や急増の背景、そのメリット・デメリットなどについて解説します。


奨学金の代理返還とは?

奨学金の代理返還とは、 企業が従業員の奨学金返済を肩代わりする制度です。
正式には「奨学金返還支援制度」と呼ばれ、2021年4月からスタートしました。

企業が対象従業員の奨学金返還残額の一部または全部をJASSOに直接送金し、従業員の返済を支援する仕組みになっています。
近年この制度を導入する企業が増加しており、令和6年10月末時点で全国で2,587社が制度を利用しています。*2


奨学金の代理返還のメリット

奨学金の代理返還制度には、従業員と企業の双方に多くのメリットがあります。以下では、それぞれの立場から主な利点を見ていきましょう。


従業員側のメリット

第一に、 経済的負担の軽減です。
企業が奨学金返済の一部を肩代わりしてくれることで、毎月の手取り収入が実質的にふえます。
例えば月々2万円の返済額の半分を会社が負担すれば、年間で約12万円の可処分所得増加に相当し、若手社員にとって非常に大きな助けとなります。
経済的なゆとりが生まれることで精神的な安定にもつながるでしょう。*1

また、キャリア形成への好影響も期待できます。
奨学金返済への不安が和らぐことで仕事に集中しやすくなり、若手社員は自身のキャリア形成に専念できるようになるでしょう。*1


会社側のメリット

企業側のメリットは多岐にわたります。

まず、採用競争力の強化に直結します。奨学金返済に不安を抱える学生や若手人材にとって、この制度は非常に魅力的です。
福利厚生として導入すれば、特に採用が難しい業界や若手確保に苦戦する企業では、他社との強力な差別化要因となるでしょう。*2

次に、社員の定着率向上と企業イメージの向上にもつながります。
返済支援中は「支援があるうちは辞めにくい」という心理が働き、特に入社直後の早期離職を抑制する効果が期待できます。
実際、支援期間を3~5年程度に設定することで離職率が高い入社直後の数年間の定着率を高め、結果として離職率低下による採用コスト・育成コストの削減にもつながると指摘されています。
また、「若者の課題に取り組む企業」「社員を大切にする会社」という社会的評価は、採用ブランディングや従業員の愛社精神向上にも大きく寄与するでしょう。*1 *2

さらに、企業側には税制上のメリットもあります。
奨学金返済支援のために企業が支払った金額は給与として損金算入(経費計上)でき、一定の要件を満たせば「賃上げ促進税制」の対象となって法人税の税額控除を受けることも可能です。*2 *3


奨学金の代理返還のデメリット

一方で、奨学金の代理返還制度には注意すべきデメリットや課題も存在します。利用にあたっては、以下のような点を把握しておくことが重要です。


従業員側のデメリット

まず、途中退職時のリスクです。
支援を受けている従業員が途中で退職した場合、 在職中のみ返済支援を受けられるため退職時点で支援は打ち切られます。
さらに企業によっては、それまで会社が肩代わり返済した奨学金の金額を従業員に返還するよう求める規定を設けているケースもあり得ます。
支援を受けることで一定期間は会社に残らざるを得ないというプレッシャーを感じる可能性もあり、転職の自由度が制約される点はデメリットと言えるでしょう。*4

また、税金・給与面での留意点もあります。奨学金返済支援の提供方法によっては、手取り額の増加が目減りしてしまう場合があります。
企業がJASSOを通じた正式な代理返還ではなく、「奨学金返済手当」のような形で給与に上乗せして支給する場合、その金額は給与所得とみなされ課税対象となってしまいます。
その結果、支援額の一部が税金や社会保険料として差し引かれ、従業員の実際の手取り増加分が減ってしまう恐れがあります。
また、給与手当という扱いになることで基本給が抑えられる可能性も指摘されており、将来的な昇給や賞与・退職金に悪影響が出る可能性も否めません。*4


会社側のデメリット

企業側の最大の懸念はコスト負担です。
奨学金返済支援制度の導入には、 従業員への支援金そのものに加えて、制度設計や運用にかかる事務コスト・人件費など様々なコストが発生します。
もし制度導入による人材確保や定着率向上の効果が十分得られなければ、投下した費用に見合うリターンが得られず費用対効果の面で問題となるでしょう。*4

また、制度設計・運用の難しさも課題です。誰を支援対象とするか、支援額や期間をどう設定するかなど、公平かつ効果的なルール作りには慎重な検討が必要です。
奨学金を利用していない社員との公平性に配慮することや、支援制度を社員に悪用されないための仕組みづくりにも注意を払わなければなりません。
こうした制度設計・管理には手間がかかり、社内で運用体制を整備し続ける負担も発生します。*4


企業による奨学金の代理返還制度が急増している

従業員・企業双方にメリットのある奨学金代理返還制度は、近年急速に普及が進んでいます。

政府も企業による奨学金返済支援を後押ししており、2020年度の税制改正では企業が従業員の奨学金返済を支援する場合の税制上の優遇措置が拡充されました。*1

企業側は支援額を損金算入でき、従業員側も一定の要件を満たせば支援額が給与所得とみなされず非課税となるよう制度が整備されたのです。これにより企業にとって導入のハードルは大きく下がり、福利厚生としてこの制度を積極的に採用する動きが広がっています。*1

実際、 JASSOの統計によれば本制度の利用企業数は年々増加しており、令和5年度末時点で1,798社(前年度比約2.45倍)に上りました。さらに令和6年10月末では2,587社に達しており、わずか半年で約800社も増加したことになります。
特に人材不足が深刻な地方の中小企業では、奨学金返還支援制度を人材確保・定着の切り札として積極的に活用する動きが広がっており、若手人材へのアピール策として定着しつつあります。*1


奨学金の返還制度に関してよくある質問

最後に、奨学金代理返還制度の利用にあたって、よくある疑問点を確認しておきましょう。制度の具体的な利用フローと、利用する際の注意点について解説します。


奨学金の返還制度の具体的な流れ

企業が奨学金の代理返還制度を導入する際は、 まず日本学生支援機構(JASSO)への利用申請・契約手続きを行います。*2

具体的には、企業がJASSOに申し込みを行い、支援対象とする従業員を決定した上で、従業員に「奨学金返還証明書」を発行してもらい奨学金の残高を確認します。
その情報をもとに企業側で支援額や支援期間を決定し、以降は決められたスケジュールで毎月の奨学金返済分を企業からJASSOへ直接送金していきます。*2

送金方法には、企業の銀行口座から返済額を自動引き落としする「口座振替」を利用する方法と、JASSOから発行される払込取扱票で都度振込を行う方法の2種類があります。*2


奨学金の返還制度を利用する際の注意点

会社の支援条件を事前に確認することが大切です。
対象となる奨学金の種類や支援額・支援期間には各企業ごとに定められた条件があります。
たとえば
「日本学生支援機構の第一種・第二種奨学金に限る」
「月々○万円を上限に○年間支援する」
といった具合に、支援対象や上限額が決められている場合が多いです。
自分の借りている奨学金が支援の対象になるか、会社は最大どの程度まで返済を肩代わりしてくれるのか、事前によく確認しておきましょう。*5

途中退職時の取り扱いにも注意が必要です。
支援を受けている途中で退職すると支援はそこで終了しますし、企業によっては在職中に肩代わりしてもらった返済額を退職時に返金するよう求める規定を設けているケースもあります。*4

また、支援金の税金の扱いについても理解しておきましょう。
奨学金返済支援が正式な代理返還として行われる場合、支援額は従業員の所得とはみなされないため課税されません。
しかし会社から「奨学金返済手当」として現金を支給され、自分で返済する形式をとる場合、その金額は給与所得扱いとなり課税対象になってしまいます。
後者では源泉税や社会保険料分だけ手取り額の増加幅が減ってしまい、基本給ではなく手当で支給される分、将来の昇給や賞与に反映されない可能性もあります。*4


奨学金返還支援制度は将来への投資

奨学金返済という若者にとっての大きな課題に対し、 企業と社会が一体となって解決を図る本制度は、双方にとって将来への投資と言えます。

支援を受ける従業員にとっては返済負担の軽減によって生活の安定と早期の資産形成につながり、キャリアアップや将来設計に一層集中できるという効果があります。
企業にとっても、人材への経済支援は長期的な人材定着と戦力強化につながり、結果的に自社の成長や競争力向上というリターンをもたらすでしょう。

現在、奨学金返還支援制度を導入する企業は大企業から中小企業まで着実にふえ続けています。奨学金の返済に悩んでいる方は、就職・転職先を選ぶ際にこうした制度の有無を判断材料の一つにしてみても良いかもしれません。

経済的な安心感を得られれば、新NISAなど将来の資産形成にも前向きに取り組めるようになるでしょう。奨学金の代理返還制度は、若年世代の経済的自立を後押しし、ひいては社会全体の活力向上にも寄与する意義ある取り組みです。



本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。

出典
*1 日本人材ニュース「JR東日本やノジマなどが奨学金の返済を支援 奨学金支援制度を導入する企業が広がる背景とメリット」
*2 独立行政法人日本学生支援機構「企業等の奨学金返還支援制度を活用して、人材確保・定着を目指しませんか?」
*3 国税庁「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(中小企業者等における賃上げ促進税制)」
*4 全保連株式会社「奨学金返済支援制度とは?注目されている背景やメリット、デメリットを徹底解説」
*5 佐佐木由美子ワークスタイル・ナビ「奨学金返還支援制度とは?メリットと留意点」

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