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中小企業の倒産・廃業増加の懸念も 最低賃金の引き上げの動向は?
中小企業の倒産・廃業増加の懸念も 最低賃金の引き上げの動向は?

中小企業の倒産・廃業増加の懸念も 最低賃金の引き上げの動向は?

21時間前に公開
提供元:Money Canvas

2024年の春季労使交渉において、賃上げ率は33年ぶりの高水準となるなど、近年、最低賃金の引き上げに向けた動きが活発化しています。*1

2024年度の改定後の最低賃金額は全国加重平均で1,055円、引き上げ幅は51円となり、2021年以降連続して過去最高額となりました。

また、石破前首相によって、2020年代中に最低賃金を全国平均 1,500 円まで引き上げる目標が掲げられるなど、今後も賃金引き上げに向けた動きが活発化することが見込まれます。

一方で、日本商工会議所等が実施した調査によると、同目標について、地方・小規模企業の4社に1社が「対応不可能」と回答しています。
また、2025年度より同目標どおりの引き上げが行われた場合、地方・小規模企業の2割が事業継続困難と回答しており、廃業・休業等が増加する可能性も懸念されています。*2

そこで本コラムでは、なぜ国が最低賃金の引き上げを進めるのかという背景とともに、引き上げによる中小企業への影響、国や自治体による支援策等について解説します。


最低賃金制度を取り巻く動向

最低賃金は、国によって定められており、その引き上げは重要な経済政策の柱として位置づけられています。


最低賃金制度とは

最低賃金制度とは、国が法的強制力をもって賃金の最低額を定め、使用者は、その額以上の賃金を支払わなければならないこととする制度のことです。*3

最低賃金は、労働者の生計費や賃金の状況、企業の賃金支払能力を総合的に勘案して定めるものとされています。

パートタイム労働者を含むすべての労働者とその使用者に適用され、都道府県ごとに産業や職種を問わず決定されます。


最低賃金目標に関する政府の動向

石破前政権は、 「物価上昇を上回る賃上げの普及・定着」を実現するため、最低賃金を2020年代に全国平均1,500円に引き上げるという高い目標を掲げています。*4

目標達成に向けては、「中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画」を策定するなど、中小企業の生産性向上や経営基盤の強化等を支援する取り組みを実施してきました。

なお、現首相である高市首相は、2025年11月14日の参院予算委員会において、最低賃金の政府目標について明言を避けており、現時点では今後の動向は不明といえます。*5


最低賃金の引き上げを進める背景

これまで政府が最低賃金の引き上げを進めてきた理由として、 物価上昇への対応や経済成長の促進などさまざまな要因が背景にあります。


物価上昇への対応

近年、国内では物価が上昇しています。2025年9月の消費者物価指数(持ち家の家賃換算分を除く総合)の上昇率は3.4%。同年8月は3.1%であったため、その伸び率は拡大しています。*6

個別品目を見ると、コメ類の上昇率は49.2%、前年の秋から春にかけて流行した鳥インフルエンザの影響などで鶏卵は15.2%上昇しました。

物価の上昇に対して国民が生活を維持していくためには、物価上昇分を上回る賃金の上昇が不可欠です。

一方で、同年9月の賃金は伸びているものの物価上昇の伸び率には届いておらず、物価変動の影響を除いた実質賃金は9ヵ月連続でマイナスとなっています。


国内経済の成長促進

賃上げは国内経済へ好影響をもたらす可能性があるという点も、最低賃金の引き上げを進める要因の一つといえます。*7

賃上げによる家計所得の増加は、消費を通じて経済成長につながり、雇用や生産、消費が生まれるという好循環をもたらす可能性が示唆されています。

厚生労働省によると、全労働者の賃金が2021年の賃金・俸給額の約1%にあたる約2.4兆円増加した場合、生産額の上昇は約0.22%、雇用者報酬額の上昇は約0.18%。雇用は追加的な生産を賄うため、商業や対個人サービスを中心に、従業員総数約6,900万人の約0.23%にあたる約16万人分の雇用も増加すると推計されています。

また、消費等の増加によってさらなる賃金の増加につながりうるものと考えられることから、最低賃金の引き上げは、政府にとって重要な施策の一つといえます。


最低賃金引き上げによる企業への影響

最低賃金の引き上げによって、企業にとっては 労働供給が増加するなどのメリットがある一方で、人件費負担の増大などさまざまな課題も指摘されています。


労働供給増加による人手不足の解消

企業へのメリットの一つとしては、最低賃金の引き上げによって労働供給がふえ、人手不足の解消につながる可能性があるという点です。*8

日本では、「年収の壁」が労働供給を制約する大きな要因となっていますが、大幅な賃上げによってその制約を解消できる可能性があります。

「年収の壁」には複数の種類があります。たとえば160万円の壁では、労働者の年収が160万円を超えると、所得税負担が発生し、手取り収入が減ってしまいます。*9

そのため、通常は賃金が上昇すると労働時間を短縮して年収を「年収の壁」未満に抑える誘因が生じます。

このような就業調整は賃金が小幅に上がる際に生じやすいとされています。一方、「働き損」をカバーするほどに賃金が大きく上昇する場合には、労働者は労働時間を短縮することなく、壁の先にある落ち込みを超えて手取り収入を増加させやすくなります。

実際、厚生労働省の分析によると、最低賃金の上昇によって、「年収の壁」を超えて働くパートタイム労働者が増加することが指摘されています。


人件費負担のさらなる増加

人手不足の解消につながるというメリットがある一方で、人件費負担のさらなる増加につながるという課題も顕在化しています。*8
最低賃金を1,500円に引き上げた場合、人件費の増加率は中小企業で10.7%にのぼり、大企業の7.7%を上回る計算となります。これは、時給1,500円を上回る労働者の賃金は不変と仮定した試算であり、実際には1,500円を上回る労働者の賃金も上昇する可能性があります。

人件費の増加によって、中小企業の経常利益は41%減、零細企業では50%減になると試算されています。大企業への下押し影響は6%にとどまるとされていることから、最低賃金の引き上げは特に中小零細企業への影響が顕著です(図1)。*8


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出典)図1 最低賃金引き上げによる経常利益の減少率(出所「最低賃金引き上げ、格差縮小と労働供給増に期待」日本総合研究所)p.4


こうした収益への影響は、パート労働者が多く、かつ時給が相対的に低い宿泊・飲食、生活関連・娯楽、卸小売業といった業種で大きいとみられています(図2)。*8


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出典)図2 パート労働者の比率と時給(2023年)(出所「最低賃金引き上げ、格差縮小と労働供給増に期待」日本総合研究所)p.4


中小企業による最低賃金の引き上げへの対応が難しい要因

最低賃金の引き上げによって大きな影響を受ける中小企業ですが、その収益構造の違いから、大企業と比べて賃上げが厳しいのが現状です。

現在、中小企業の労働分配率(付加価値額に占める人件費の割合で、低いほど賃上げ余力が大きくなる)は8割に近い水準です。大企業のそれは5割未満であるため、さらなる賃上げは大企業と比べて厳しい状況といえます(図3)。*10


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出典)図3 労働分配率の推移(企業規模別) (出所「2025年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」中小企業庁)p.7


賃上げ余力を高めるためには、労働生産性(一人当たり付加価値額)を高めることが重要です。しかし、大企業の労働生産性は上昇傾向にあるのに対し、中小企業では伸び悩んでおり、約30年前と比較しても低下しています(図4)。*10


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出典)図4 労働生産性の推移(企業規模別) (出所「2025年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」中小企業庁)p.8


日本商工会議所等が実施した調査によると、2024年の最低賃金引き上げを受けて、賃金を引き上げたと回答した中小企業は7割を超えました(図5)。*2


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出典)図5 2024年の最低賃金引き上げの影響を受けた中小企業の割合 (出所「『中小企業における最低賃金の影響に関する調査』集計結果」日本商工会議所、東京商工会議所)p.4


一方で、最低賃金の引き上げにともなう人件費の対応について、「具体的な対応が取れず、収益を圧迫している」と回答した中小企業は約3割もいます。

また、現在の最低賃金について「大いに負担」、「多少は負担」と回答した中小企業は76%に達し、前年度調査から10.3%上昇しました(図6)。*2


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出典)図6 現在の最低賃金の負担感(出所「『中小企業における最低賃金の影響に関する調査』集計結果」日本商工会議所、東京商工会議所)p.11


石破政権による新たな政府目標に対する中小企業の負担増

現時点の最低賃金ですでに多くの中小企業が負担感を感じていますが、石破政権が設定した最低賃金目標1,500円に達したとすると、対応できなくなるという声も出てきています。*2

先ほど紹介した日本商工会議所等による調査では、新たな政府目標について、「対応は不可能」と回答した中小企業は19.7%。「対応は困難」と回答した中小企業は54.5%となり、これらを合計すると7割超にのぼります(図7)。*2


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出典)図7 新たな政府目標に対する中小企業の考え(出所「『中小企業における最低賃金の影響に関する調査』集計結果」日本商工会議所、東京商工会議所)p.15


都市部に比べて地方の中小企業が「対応は不可能」、「対応は困難」と回答する割合が高く、さらに、地方の小規模企業のうち、4社に1社が「対応は不可能」と回答しています。

また、2025年度より政府目標どおりの引き上げ(7.3%)が行われた場合、廃業や休業等を検討すると回答した中小企業は15.9%。地方の小規模企業では20.1%に達しており、最低賃金引き上げによる厳しい状況が予想されます。


中小企業に対する国や自治体による支援

賃上げによって廃業・倒産する中小企業が増加することによる経済への影響も懸念されます。そこで、 賃上げへの対応に苦慮する中小企業を支援するため、国や自治体はさまざまな支援策を実施しています。


国による賃上げ支援の全体像

2024年11月、国は「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」を定め、物価上昇を上回る賃上げ支援を進めています(図8)。*11


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出典)図8 物価上昇を上回る賃上げ支援(出所「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」内閣府特命担当大臣)p.1


価格転嫁や取引適正化の推進などを進めるとともに、給与等支給額の増加額の最大45%を税額控除する「賃上げ促進税制」を進めていくとしています。

同制度は、中小企業が一定の要件を満たしたうえで、前年度より給与等の支給額を増加させた場合、その増加額の一部を法人税から税額控除できる制度です。*12


厚生労働省による助成金パッケージ

賃金引き上げを進める中小企業等を対象とした各種助成金も用意されています。たとえば、厚生労働省は、「業務改善助成金」や「キャリアアップ助成金」など賃金を引き上げた中小企業に対する助成金を提供しています(図9)。*13


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出典)図9 厚生労働省による助成金一覧(2025年度)(出所「『賃上げ』支援助成金パッケージ」厚生労働省)


「業務改善助成金」は、事業場内最低賃金を引き上げ、設備投資等を行った中小企業に、その費用の一部を助成する制度です。中小企業で働く労働者の賃金引き上げのための生産性向上の取り組みが支援対象であり、助成額は最大600万円となっています。

非正規雇用労働者の賃上げを実施した場合に活用できる助成金としては、「キャリアアップ助成金」が挙げられます。非正規雇用労働者の基本給の賃金規定等を3%以上増額改定し、その規定を適用させた場合、中小企業であれば非正規雇用労働者1人あたり最大7万円が助成されます。


経済産業省による補助制度

経済産業省は、最低賃金近傍の従業員を抱える事業者に対し、ITツール導入や省力化のための設備投資等に係る支援の強化を図る補助制度を実施しています(図10)。*11


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出典)図10 経済産業省による補助制度(出所「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」内閣府特命担当大臣)p.3


どちらも通常、その補助率は2分の1ですが、最低賃金近傍の従業員を抱える事業者については、補助率を3分の2に引き上げています。


自治体による支援メニュー

最低賃金引き上げの影響がより大きい地方を中心に、自治体による支援も拡充しています。

徳島県では、先述した「業務改善助成金」に対する上乗せの助成として、「徳島県賃上げ応援サポート事業」を実施しています。*14

国と県の助成制度を活用することで実質負担がなくなるため、中小企業はコストをかけずに設備投資等を行うことが可能です。
また、国の助成金の書類作成等に係る社会保険労務士への報酬費用も補助しています(図11)。*14


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出典)図11 「徳島県賃上げ応援サポート事業」の概要(出所「【徳島県賃上げ応援サポート事業のご案内】最低賃金の引き上げを行う中小・小規模事業者を支援します!」徳島県)


秋田県では、最低賃金の大幅な引き上げにより大きな影響を受ける中小企業等の負担の激変を緩和するため、「賃上げ緊急支援事業」を実施しています。*15

同制度は、2025年8月25日から2026年3月31日までの間に、時間給1,000円以下の従業員の賃金を1,031円以上に引き上げる中小企業等を対象としています。

支給額は正社員の場合1人あたり5万円、非正規雇用労働者の場合1人あたり3万円であり、1事業者あたり50万円まで支給が可能です。


まとめ

本コラムでは、近年の最低賃金引き上げに関する動向や、賃上げによって懸念される中小企業の倒産・廃業リスクについて解説してきました。

また、これらのリスクに対応するため、国や自治体が実施している助成金や補助金などの支援策についても紹介しました。

最低賃金の引き上げは、国全体や労働者にとって多くのメリットがありますが、一方で、特に中小企業にとっては大きな負担となっています。高市政権における今後の政策は不透明ですが、その動向等を注視していくと良いかもしれません。



本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。

出典
*1 内閣府「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」p.5
*2 日本商工会議所、東京商工会議所「『中小企業における最低賃金の影響に関する調査』集計結果」p.2, p.4, p.8, p.11, p.15
*3 厚生労働省「人手不足の状況、最低賃金の影響、生産性向上等の支援策について」p.2, p.3
*4 内閣官房「物価上昇を上回る賃上げの普及・定着」
*5 日本経済新聞社「最低賃金の政府目標を明示せず 高市首相『丸投げは無責任』」
*6 日本経済新聞社「9月実質賃金1.4%減、9カ月連続マイナス 物価に賃上げ追いつかず」
*7 厚生労働省「令和5年版 労働経済の分析」p.138, p.140
*8日本総合研究所「最低賃金引き上げ、格差縮小と労働供給増に期待」p.1, p.3, p.4, p.5
*9 三菱UFJ銀行「160万円の壁とは?103万円の壁からいつ変わる?メリット・注意点も解説」
*10 中小企業庁「2025年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」p.7, p.8
*11 内閣府特命担当大臣「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」p.1, p.3
*12 中小企業庁「中小企業向け『賃上げ促進税制』」
*13 厚生労働省「『賃上げ』支援助成金パッケージ」
*14 徳島県「【徳島県賃上げ応援サポート事業のご案内】最低賃金の引き上げを行う中小・小規模事業者を支援します!」
*15 秋田県「賃上げ緊急支援事業について」

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