競争など全く眼中にない。目標値もなく、成長も目指さない。生産性や利益にも囚われず、変革やイノベーションさえ自然に任せる。自己防衛とも無縁だ。支援すべきだと思えば、むしろ積極的に競合他社を支援する。
マーケティングはただ次の一言に集約される。
「これが私たちの提案です。今この瞬間に、これがおそらく、私たちにできるせいいっぱいのことです。お気に召していただけると良いのですが」
そんな営利企業があると言ったら、信じていただけるでしょうか。
しかも、多くの顧客に支持され、目覚ましい成長率を誇っているとしたら?
お金はどうして「金儲け」に興味がない人たちのところに行こうとするのでしょうか。その秘密を探っていきましょう。
新しい組織モデルについて探求するために、2年半にわたって世界中の組織を訪ね歩き、調査、取材を重ねた人物がいます。その人、フレデリック・ラルー氏は、アメリカに本社を置く大手コンサルティング企業で10年以上にわたり組織変革プロジェクトに関わっていました。その後、独立して、エグゼクティブ・アドバイザー/コーチ/ファシリテータ―として独立。
そのラルー氏が「おそらく企業の創業者には最もなりそうにない人種に分類される」と語る経営者が営む企業は、まさに冒頭で述べたような企業のひとつです。
アウトドアスポーツに魅せられ、定職をもたずに、ロッククライミングやダイビングに明け暮れていたのが、その経営者です。仮にS氏としましょう。
残飯で食いつなぎ、缶詰のキャットフードで空腹をしのいでいた時期もありました。
彼は独学で鍛造(金属加工法の一種)を学び、自分が使うための登山用ピトン(岩場を登るときに使うくさび状の金具)を作り始めました。そのうちに友人たちから製作を依頼されるようになり、生産を始めたのが1957年。
それが思いがけず、ビジネスになります。それからは長年にわたって、冬場にピトンを製造して夏以降の生活資金を稼ぎ、クライミング三昧の日々を送っていました。
そんなS氏に決定的な瞬間が訪れます。1970年のことでした。
大岩壁を登っていたとき、岩が破損しているのを間の当たりにしたのです。それは、硬いピトンが何度も同じ所に打ち込まれ、引き抜かれたせいでした。自分たちが作っている製品が、愛する岩を破壊していたとは・・・。
やがて、S氏はビジネスパートナーである友人とともに、硬いピトンの代替製品を開発します。手で岩に押し込んだり抜いたりできる、アルミニウム製のチョックでした。そして、2年余り後には登山用ピトン事業からの完全撤退を果たします。
彼らが開発したチョックは売れに売れました。彼らが愛する登山が環境に悪影響を及ぼさない方法と、登山界のニーズとを同時に探り当てたのです。
S氏の事業は衣料にまで拡大しました。アウトドア・アパレル会社「P」(仮称)の誕生です。
最初の衣類は、機能的で、岩に耐えるようデザインされた頑丈なコーデュロイのズボンと、分厚いラグビーシャツでした。
やがて衣類が売れるようになると、映画を制作し、食品事業も営むようになりました。今や直接雇用の社員が約2,000人、30億ドルの売り上げを誇るグローバルな大企業です。
P社はなぜこれほどまでに成長したのでしょうか。
前掲のラルー氏は、こう述べています。
「成長と利益だけが重要で、トップに到達する人生だけが成功だとしたら、私たちは人生の中に空虚感を見いだすことになる」
ラルー氏が取材した先駆的な営利企業が追求しているのは、利益ではなく、存在目的(「自社がなすべき使命」)を達成することでした。それらの企業の創業者は、口をそろえて「利益は空気みたいなものだ」と説明したというのです。「私たちは生きるために空気を必要とするが、呼吸するために生きているわけではない」と。
そのような組織では、利益は目的ではなく、ものごとをやり遂げたときの副産物です。成功は幸福と同じで、追い求めて得られるものではなく、結果として生じるものだという捉え方です。
前述のS氏も「金儲け」をしようとして起業したわけではありませんでした。存在目的を追求しているうちに、それがある時点からビジネスとして成立するようになったのです。
しかし、不思議なことに、利益ではなく存在目的に全力を投じると、多くの利益がもたらされる・・・。
S氏の事業に戻って、なぜ彼の会社に「結果として」膨大な利益がもたらされたのか、その秘密を探っていきましょう。
2011年のブラックフライデー(感謝祭の翌日の金曜日。アメリカでは大規模なセールが行われる)、『ニューヨーク・タイムズ』紙が載せた全面広告に、人々は驚愕しました。それは、「このジャケットを買わないで」というP社の広告でした。
衣類を扱うようになってから、S氏に苦痛を与えつづけている問題があります。それは、アパレル会社は地球を汚染せざるを得ないこと。先進国に住む人は、一生着られるだけの衣類があるにもかかわらず、新しい服を買い続け、衣類は最終的に埋め立て地に捨てられます。
「衣類に関して地球のためにできる最善のことは、古着を買い、着られなくなるまで着古すことだ」とS氏はいいます。実際、彼は20年も同じフランネルのシャツを着ています。
顧客にできる限り最高の品質を保証する。もし破れたら修理し、必要なくなったら新しい所有者を探し、ついに完全に使えなくなったときは別の用途にリサイクルする。
『ニューヨーク・タイムズ』紙の広告は、P社が古い衣類を修理あるいはリサイクルすることを約束すると同時に、顧客には必要のない製品を買わないようにと呼びかけるものでした。
すると、その広告は話題となります。
「もちろん、目的は売り上げを伸ばすことではなかった。ジャケットの売上はすさまじかったがね。それは禅みたいなもの。正しいことをすれば、良いことが起こる」
と、S氏は語っています。
同社はそのために、北米最大の衣類修理センターを作ることになりました。
P社独自の取り組みはそれに留まりません。
2016年のブラックフライデーに、同社は売り上げのうちの250万ドルを環境団体に寄付しました。さらに翌年には、新入社員のアイディアを受け入れて、ブラックフライデーの売上の全てを何百もの草の根環境団体に寄付することを決断します。
こうした決断は、売上予測や財務計画に基づくものではありませんでした。売り上げが減少することは覚悟の上で、自社の存在目的が求めている道を選んだのです。
しかし、それをソーシャルメディア上で約束すると、P社への注文が殺到しました。同社の存在目的と、それに合致するぶれない行動が、多くの消費者の共感と感動を呼んだに違いありません。
P社は衣類の素材にもこだわっています。そのため、環境対策が完璧なサプライヤー(原材料の仕入れ先)としか取り引きをしません。
1994年、従来の栽培方法で育てたコットンを、2年後までに全面的にオーガニック・コットンに切り替えることを決めました。
原材料コストは3倍に膨れ上がり、コットンの製品ライン数は91から66に減りました。非常にシビアなリスクです。
ところが、それほど大きなリスクをとったこの取り組みは、収益的にも黒字化を達成します。それ以上に重要なのは、同業他社も同社にならったことでした。
衣類が地球環境に及ぼす悪影響を、業界ぐるみで低減する―S氏のリスキーなチャレンジがこうして成功したのです。
実はそれ以前の1991年、それまで急成長を遂げていたP社は大きな壁に突き当たるという経験をしています。
販売が行き詰まり、銀行の融資限度額は大きく引き下げられました。借入金を減らすために、全従業員の20%を解雇しなければなりませんでした。その多くが友だちや、その友だちの友だちでした。
そのとき、S氏は幹部とともに、なぜP社はビジネスをしているのか、その存在目的を検討しました。
全面的にオーガニック・コットンに切り替えるという思い切った方針も、そのときつきつめて考えた存在目的「自社がなすべき使命はなにか」「本当に達成しがいのあることは何か」に沿った行動でした。
P社の理念は冬物の主力商品であるダウンジャケットにも生かされています。生地は漁網を100%リサイクルしたもの。
また、従来の水鳥の羽毛に代わって、超極細ファイバーを羽毛そっくりの構造にした化繊を独自に開発し、中綿として使っている製品もあります。
同社は「2025年までに、再生可能あるいはリサイクルした素材だけを使用する」という目標を掲げています。
P社はまた、同社のビジネスに関わるすべての人に対して、思いやりをもって接しています。
同社に直接雇用され、オフィスや直営店舗、配送センターで働く従業員は、公正な報酬と手厚い医療保険、託児施設利用に対する補助金、柔軟性のある勤務体系など、さまざまな福利厚生を受けています。
P社の本社では、従業員向けに「子ども発育センター」を運営しています。対象は生後数か月の幼児から幼稚園児まで。
それは、S氏の妻のたっての願いでした。
子どもたちが中庭で遊んでいたり、母親や父親と一緒にカフェテリアで食事をしたりすると、会社が家庭的な雰囲気に包まれます。
そして、子どもたちに愛情深く接する同僚たちの姿を目の当たりにすると、職場の人間関係も根底から変化するとラルー氏は指摘しています。
従業員の多くがP社の価値観を共有し、環境問題や地域社会での活動に積極的に取り組んでいます。アメリカ本社における従業員の離職率はひと桁です。そして、毎月平均200通の履歴書を受け取っています。
新型コロナウイルス感染症の拡大にあっても、社員全員の安全確保のために事業を即刻停止し、一部はリモートワークへと移行しました。
P社が大切にしているのは、社員だけではありません。コロナ禍における同社の目標はサプライヤーの支援源となることでした。
サプライヤーのパートナーとその社員にパンデミックの悪影響が及ばないように最大限の配慮をしているのです。
進行中、またはもう完了している注文に対して全額の支払いを誓約し、工場のパートナーが直面している課題とP社によるサポートについて、サプライヤーと1対1のオンライン会議を実施しています。その上で、現地の状況や情報を記した詳細な資料を作ります。
中でも重視したのは、フェアトレード・プログラムを通して行っている、現地の労働者への支援をより手厚い形で続けることでした。そのために、フェアトレードを通じて調達した製品に対する報酬を支払い続け、現地の労働者への追加財政支援を行っています。
ラルー氏は、P社の試みが成功することが多いのは、同社の行動が深い誠実さに基づいているからではないかと推測します。とことん誠実な気持ちで、なすべきだと感じたままに行動すれば、世界中から支持を得られるのだ、と。
お金はどうして「金儲け」に興味がない人のところに行こうとするのか―ここまで読み進めてくださった読者には、その答えがもうおわかりではないでしょうか。
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