福島第一原発からの処理水の海洋放出に対して中国が「核汚染水だ」として反発し、日本からの水産物の輸入を禁止する措置をとったのは2023年8月のことです。
それまで日本の水産業界において、中国は最大の輸出先でした。
禁輸措置により日本のホタテ漁は最大の顧客といえる存在を突然失い、生産者や輸出業者が大きなダメージを受けたことは広く報道されています。
中国は過去にもさまざまな国との貿易で輸出入の規制を行っており、相手国の産業に大きな影響をおよぼしています。
なぜ中国は禁輸などの貿易規制を行うのか、日本および他国のどのような産業に影響をおよぼしてきたのか、今後日本と中国の貿易関係はどうなるのかを解説していきます。
日本のホタテ輸出において、中国は顧客としてナンバーワンの存在でした。
中国向けの冷凍・冷蔵ホタテの輸出総額は2021年と2022年には5割を超え、輸出量も2019年~2022年には約8割を超えていました。*1
しかし今回の禁輸措置で状況は一変します。
禁輸措置の影響で最大の輸出先を失い、一時期はホタテの国内卸売価格は約3割下がりました。*2
現在は中国以外の国に販路を求めたことでホタテの輸出量は徐々に回復しつつありますが、今年こそホタテの輸出問題が深刻化するとの指摘があります。*2
というのは、ホタテ漁は1月頃が最盛期になるためです。多く水揚げできたとしても、いまだ冷凍在庫を抱える業者にとっては余剰をさらに積み上げることになりかねません。
また、ホタテは育つまでに3~4年かかります。
いま在庫を抱えているからといって育てることをやめてしまったら、数年後に急に需要が回復したとしても、その時には逆に生産が追いつかなくなってしまうのです。
中国が日本に対して貿易規制を行った場合、日本の産業にはどれくらいの影響がでるのでしょうか。
2023年8月時点で、中国向けに食品を輸出している企業は700社以上あります。
食品関連企業1社あたりの中国向け輸出の割合は平均で50%を超えていることから、中国の貿易規制が日本の食品産業におよぼす影響は非常に大きいことがわかります。
また、中国向けに輸出をする企業は9,270社あることからも、食品産業に限らず日本にとって中国は重要な貿易相手であることがわかるでしょう。
対中輸出の業界別割合
出典)帝国データバンク「中国の対日輸入規制による日本企業の影響調査」
相手国への貿易規制を多く行っているアメリカと中国を比較すると、貿易規制の件数は近年中国のほうが少なくなっていますが、日本への影響は中国のほうがはるかに大きくなっています。
米中の不利益貿易措置によって日本が受ける影響
出典)三菱総合研究所「米中の経済的威圧行為で変わる日本経済の針路① 輸入規制を強化する二大大国」
実際、中国の貿易規制が多くなっている2023年には、日本から中国の輸出総額は前年比でマイナス13.0%となりました。*3
人口の多さと著しい経済成長により、中国はさまざまなものを大量消費する国になりました。
日本だけでなく、他国にとっても輸出の「上級顧客」となっています。
しかし過去には、さまざまな国に対して禁輸を含む貿易規制を行ってきました。
中国のこれまでの輸入・輸出規制
出典)独立行政法人経済産業研究所「経済的威圧にどう向き合う 中国の輸入停止、国際法違反」を基に筆者作成
中国がこうした対応をとるのには、政治的背景もあります。
たとえば2019年、カナダの2社に対して食料油の原料となる菜種の輸入停止を表明した背景には、カナダ政府による中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の幹部拘束に反発したという事情があります。*4
カナダは菜種の最大の輸出国で、そのうち4割が中国に向けたものでした。しかし禁輸措置によって中国向けの輸出が6割も減少して国際相場にも影響をおよぼし、一時は4年半ぶりの安値になりました。生産者や輸出業者にとっては大打撃です。
また、日本で「台湾パイナップルを食べよう!」という呼びかけがあったことを覚えているでしょうか。
これも2021年に中国が台湾に対して禁輸措置をとったのがきっかけです。
2020年には4万2,121トンと全輸出量の9割を占めていた台湾の中国向けのパイナップルは、2021年には4,158トン、2022年には424トンにまで落ち込みました。*5
中国は、表向きには「害虫が検出されたため」と説明しています。*6
しかし、背景には中国と台湾の関係があるとも指摘されています。
パイナップルの主な産地である台湾南部には中国との関係に慎重な姿勢の与党・民進党の支持者が多いため、禁輸措置は民進党政権を追い込もうとしているのではないか、ということです。
これらの事例を見ていくと、中国が時折発表する貿易規制には政治的な要因が大いにあることがわかります。
では今後、中国との貿易はどうなっていくのでしょうか。
中国はこれまで、圧倒的な経済成長で世界での存在感を増してきました。
そしてGDPの予測を見てみると、今後も世界2位の経済大国であることは間違いありません。
中国の名目GDP規模予測
出典)内閣府「中国経済の現状と展望」
しかし、GDPを前の年と比べた時にどのくらい増減したかを示す「実質成長率」で見ると、今までどおりの右肩上がりが続くかどうかには疑問符がつきます。
中国、インド、ASEANの実質成長率の見通し
出典)内閣府「中国経済の現状と展望」
上のグラフは中国のGDPの伸び率を示したものです。伸び率はゆるやかに低下を続けて、インドを下回っていることがわかります。
中国の経済が低迷していると言われるのはこのためです。
景気の低迷が続けば、日本から高級食材を大量に輸入し続けていた中国の姿は変わる可能性があります。
さらに中国は近年、さまざまな製品を国内で製造する「内製化」に舵を切っています。これまで輸入に頼っていたものを国内で生産し、むしろ他国に輸出しようという勢いです。特に電機・電子産業は輸出産業の主役になっています。*7
こうなると、中国の日本からの輸入は減少していくかもしれません。
貿易規制といった政治的背景が考えられる動きがなくても、中国は輸入大国から輸出大国への変化を遂げようとしているわけです。
すると日本企業も、いつまでも中国への輸出に頼り続けるわけにはいかないでしょう。
実際、成長性のあるインドやベトナムを中国に代わる貿易先として有望と感じている日本企業が増えています。*8
新たな市場の発掘や開発が、今後日本の輸出産業のカギを握ることでしょう。
本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。
出典
*1 JETRO「アジアにない強みを探る(メキシコ) 挑戦、新ホタテ回廊構築(2)」
*2 日本経済新聞「ホタテ輸出問題の深刻化は2024年 国内流通にも難題」
*3 JETRO「中国、2023年の貿易は減少、ロシア・ASEANとの関係は強化」
*4 日本経済新聞「中国、カナダ産菜種の輸入急減 米中対立の余波」
*5 毎日新聞「中国に禁輸された台湾パイン 「日本向け」で起死回生」
*6 NHK国際ニュースナビ「中国による台湾産農水産物の禁輸 なぜ?狙いは総統選?」
*7 日本総研「中国の貿易依存度低下は何を意味するのか 市場規模と産業集積が高める優位性とその帰結」
*8 NHK「日本企業に有望な進出先を調査 インド2年連続首位 中国は3位に」