
「黒字なのにリストラ」という言葉を、最近よく耳にするようになりました。
黒字リストラとは、企業が直近の決算で黒字を確保しているにもかかわらず早期・希望退職募集など、形を変えた人員削減を行うことを意味しています。
実際、東京商工リサーチの調査によれば、2025年に早期・希望退職募集が判明した上場企業は43社で、募集人数は1万7,875人に達しました。
そのうち黒字企業は29社(67.4%)を占めており、募集人数で見ても全体の85.0%にあたる1万5,205人に上ります。*1
なぜ「黒字なのに」企業は人を減らすのでしょうか。
働く側としては不安が大きいテーマですが、その仕組みを知ることで、会社の狙いと「自分のそなえ」を整理しやすくなるはずです。
黒字リストラは、業績が悪化して赤字に転落した企業が行う「緊急のリストラ」とは異なり、「将来の変化にそなえるための構造改革」という色合いが強い点が特徴です。
特によく見られるのが、解雇ではなく、退職金の上乗せや再就職支援を付加した「早期・希望退職募集」という手法です。
そもそも会社都合の解雇は自由に行えるものではなく、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は無効となります。*2
そのため、人員を減らしたい局面では、配置転換や出向などと並び、早期・希望退職募集を検討することがあると厚生労働省の資料でも示されました。*3
ただし、早期・希望退職はあくまで「本人の意思」による応募が前提です。
勧奨であっても、自由な意思決定を妨げるようなやり方は違法な権利侵害の可能性があるとされています。*3
「応募するかどうか」「どの条件なら納得できるか」を自分の軸で判断することが、身をまもるための最初の一歩になるでしょう。
近年、黒字企業を含む上場企業が早期・希望退職募集を行うケースが目立ってきています。
東京商工リサーチのデータによると、2024年に早期・希望退職募集が判明した上場企業は57社、募集人数は1万9人でした。*4
2025年には、募集企業数こそ43社に減少したものの、募集人数は1万7,875人へと大幅に増加しています。
注目すべきは、半数以上が黒字企業による募集である点です。
実際、2025年の募集企業数のうち29社(67.4%)、募集人数の85.0%にあたる1万5,205人が黒字企業によるものです。*1
黒字の段階で人員構成を見直すことは、将来の収益力向上や事業転換を進めやすくするための「先行投資」と位置づけられることがあります。
もっとも、短期的には退職金の上乗せや再就職支援などの費用が発生するため、利益を押し下げる要因となります。
早期・希望退職募集にともなう特別損失の計上額が判明した上場企業のなかには、1社で200億円を超える額を計上したケースも報告されています。*4
それでも黒字のうちに実施されるのは、財務的な余力があるうちに事業構造の見直しを進めようという意図があるためです。
背景には、短期的な損益だけでは推し量れない中長期の環境変化が存在します。
人口減少が進むなか、企業は従来と同じ事業構造や人員構成を維持するだけでは成長が見込みにくくなっています。
人手不足が深刻化する一方で、求められる人材の種類は変化しており、必要なスキルを持つ人材を確保できるかどうかが競争力を左右します。
さらに、デジタル化やAI活用の進展も大きな要因です。
経済産業省によると、デジタル技術を駆使できる人材を確保できない企業は、急激に競争力を失う危機に直面すると指摘しています。*7
こうした環境変化を踏まえ、多くの企業で人材ポートフォリオの見直しが進められています。成長が見込まれる分野へ人材を振り向ける一方で、既存事業の縮小や再編を行う動きもみられます。
既存事業の延長では収益拡大が難しい業界ほど、成長領域への人材シフトは急務です。こうした人材ポートフォリオを見直す手段の一つとして、黒字の段階でも早期・希望退職募集が実施されるケースがあります。
黒字リストラは「儲かっているのに人を切る」という単純な話ではなく、コスト(固定費)・事業・人材市場という3つの視点が重なって発生します。
ここでは、企業側が早期・希望退職募集を募る主な理由を整理していきましょう。
人件費は、企業の支出の中でも大きな割合を占める項目です。
現在は黒字であっても、景気や需要の変化で売上が落ち込めば、固定的に発生する費用の負担が経営を圧迫する可能性があります。
そのため、将来の環境変化にそなえ、事業の方向転換とあわせて人員構成や役割の見直しが検討されることがあります。
実際、2025年の早期・希望退職募集では、募集人数の多くを黒字企業が占めており、将来を見据えた経営判断として実施されている可能性があることを示しています。
もっとも、希望退職募集には退職金の上乗せや再就職支援などの費用がともない、短期的には特別損失として利益を押し下げることもあります。*4
また、日本では解雇に一定の法的ルールがあるため、本人の意思を前提に、一定の条件を提示した希望退職募集が行われることがあります。
現在の決算が黒字でも、その事業に将来性が高いとは限りません。
たとえば、成熟市場では利益が出ていても長期的に縮小していくこともあります。
内閣府も、持続可能な社会への転換の必要性を示しています。*5
このような環境下において、企業は以下の再編が不可欠です。
デジタル化の進展により、必要なスキルセットも劇的に変化しました。*7
既存事業で培った経験がそのまま新分野で活かせるとは限らず、社内の再配置や再教育と並行して、社外から専門人材を採用する動きもあります。
その結果、人員構成の見直しが早期・希望退職募集として表面化することもあります。
早期・希望退職募集の条件は、年齢構成や職種の偏り、人材市場の動向などを踏まえて設計されることがあります。
年齢や職種によって転職に要する時間や選択肢は異なるため、再就職支援を組み合わせて退職後の移行を支える仕組みが用意されるケースもあります。
制度面で確認しておきたいのは「雇用保険(基本手当)」の扱いです。
基本手当は、離職前に一定の被保険者期間があり、かつ「失業の状態」にある場合に支給されます。*8
通常、自己都合退職では「給付制限」として、一定期間は手当が支給されません。
一方、早期・希望退職募集への応募は、状況によって会社都合退職に近い扱い(特定受給資格者など)となり、給付制限が設けられない場合もあります。*8 *9
離職理由の扱いで受給条件が大きく変わるため、会社側の説明に加えてハローワークなどの公的機関で確認することが重要です。
黒字企業であっても早期・希望退職募集の対象になることはあります。
突然の提案に戸惑うこともありますが、まずは情報を整理し、冷静に判断することが大切です。
以下の3つのステップで検討していきましょう。
提示された募集要項を必ず書面で確認します。
上乗せ退職金の額、再就職支援の有無、応募期限など、重要な条件を具体的に把握することが必要です。
退職勧奨の過程で自由な意思決定の阻害や十分な検討時間を与えられていないと感じた場合は、法的に問題が生じる可能性もあります。*3
不安がある場合は、社外の専門家や公的な相談窓口に連絡することも選択肢に入れておきましょう。
退職金にかかる税金を正しく見積もりましょう。
退職金には税制上の優遇があり、退職所得は、他の所得と分離して計算されます。*10
退職所得控除額は勤続年数に応じて次のように定められています。*11
これを踏まえ「手取りでいくら残るか」「生活費の何ヵ月分を確保できるか」を具体的に算出します。
あわせて、健康保険や年金の切り替えによる保険料負担の変化も計算に入れておくことが重要です。
退職するかどうかの判断には「会社に残る」選択肢も含めて以下を検討しましょう。
早期に行動を開始するほど、選択肢の幅は広がります。
黒字リストラに関して、多くの人が抱く疑問に回答します。
主に成熟産業の大企業や上場企業で増加傾向にあります。
2025年の募集実績では、上場企業43社のうち約8割(76.7%)が東証プライム上場企業でした。業種別では、電気機器メーカーが全体の4割を超えています。*1
業績不振への対応というよりも、事業構造の見直しや将来を見据えた組織再編の一環として実施されるケースもあります。
企業によりますが、一般的には、事業の見直しや人員構成の再編の影響を受けやすい部門・職種が対象となりやすいとされています。
なお、応募は原則として本人の意思に基づくものとされますが、募集の進め方や説明内容に不安がある場合は、条件を十分に確認することが重要です。
黒字であっても将来の安定が保証されるわけではなく、環境変化にそなえた人材ポートフォリオの見直しが行われることがあります。
人口減少やテクノロジーの進化といった環境変化は、個人の力で止めることはできません。
だからこそ、働く側は以下の視点を持つことが重要になります。
不測の事態に直面しても、「条件の確認」「手取りの見積もり」「選択肢の比較」という手順を踏めば、新しいキャリアへのチャンスに変わる場合もあります。
不確実な時代を生き抜くための知識を、今から少しずつ積み上げていきましょう。
本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。
出典
*1 東京商工リサーチ「2025年『早期・希望退職募集』は 1万7,875人、リーマン・ショック以降で3番目の高水準に」
*2 厚生労働省「労働契約の終了に関するルール」
*3 厚生労働省「適切な労務管理のポイント」
*4 東京商工リサーチ「2024年の『早期・希望退職』3年ぶり1万人超 募集社数57社、募集人数は前年の3倍に急増」
*5 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2025 について」
*6 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)結果の概要」
*7 経済産業省「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」
*8 厚生労働省「Q&A~労働者の皆様へ(基本手当、再就職手当)~」
*9 厚生労働省「令和7年4月以降に教育訓練等を受ける場合、給付制限が解除され、基本手当を受給できます」
*10 国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」
*11 国税庁「No.2732 退職手当等に対する源泉徴収」
