ロシアのウクライナ侵攻が始まってから、3年目を迎えています。
本格的な戦争状態に突入したまま両国ともに退く姿勢を見せていません。
そして戦争の長期化は世界経済にも影響を及ぼしています。
特に原油価格には著しい影響を与えており、日本でもガソリンの高騰を招きました。
この戦争がなぜ原油高騰をもたらすことになったのか、今後はどうなっていくのか。わたしたちはどこまで影響を受け続けるのかなどについてわかりやすく解説していきます。
ロシアがウクライナへの侵攻を始めたのは2022年2月24日のことです。
まず、ウクライナとはどのような国かを簡単にご紹介します。歴史的な事故が起きたチェルノブイリ原発が立地する国です。
ウクライナの場所
出典)東京大学「ロシアのウクライナ侵攻の背景を読み解く」
首都はキーウ。ロシアと国境を接し、外務省のデータによれば面積は60万3,700平方キロメートル(日本の約1.6倍)、人口はクリミアを除いて4,159万人(2021年統計)となっています。*1
歴史的には、中世以降様々な歴史を経て旧ソ連の一部となったものの1991年のソビエト連邦崩壊で独立しました。*2
しかしその後 ウクライナは欧米とロシアのつば迫り合いの舞台になっています。
住民も親欧米が多い西部と、ロシア語を母語とし親ロシアが多い東部に分かれるなど、米ロ対立の影響を受けてきた国とも言えます。
特に軍事的な要衝として、南に位置するクリミア自治共和国(1992年にウクライナの自治共和国となる)の帰属をめぐる政治的な争いは断続的に起きていました。*3*4
このような背景のもとに始まったのがロシアによるウクライナ侵攻です。直ちに世界経済、日本の物価にも影響を及ぼしました。
大きな要素は、 原油価格の高騰です。日本でガソリンなどの値上がりが続いたのには、以下のような経緯があります。
まず、 ロシアは世界的なエネルギー大国だという前提があります。
下の円グラフではオレンジがロシアの世界での生産割合を示しますが、天然ガスでは17%、原油について12%のシェアを持ち、小さくはないことがわかります。
世界の化石エネルギー生産に占めるロシアの割合(2020年)
出典)資源エネルギー庁「令和4年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2023)」
天然ガスでは世界2位、原油では世界3位の生産割合を占めています。
しかしウクライナ侵攻が始まると アメリカとイギリスが真っ先に、ロシアを非難する「経済制裁」としてロシアからの原油や天然ガスの輸入を禁止すると発表しました。*5
ロシアにとって原油などエネルギー関連の輸出は重要な資金源であり、それを減らそうという狙いです。
しかしロシアも黙ってはいません。「非友好国」への天然ガス輸出について、ロシアの通貨であるルーブルでの決済に限定することを決定しました。*6
さらに、それに対抗するかのように、今度はG7(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国)全体で、ロシアからのエネルギー輸入に制限を設けるという決定に至りました。
いわゆる「西側諸国」として歩調を合わせようという意図でしょう。
ただ、ことはそう簡単ではありません。
G7の中には、もともとロシアからのエネルギー輸入が一定の割合を占めている国があります。
ロシアへのエネルギー依存度
資源エネルギー庁「令和4年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2023)」
アメリカやイギリスのようにロシアからのエネルギーの輸入が少ない国は良いかもしれませんが、上の表の通り 日本は、ロシアへのエネルギー依存度が比較的高い国です。よってロシアからの輸入に制限を設け輸入量が減ると、おのずと価格は上昇します。
実際、同じG7の中でも、 特にロシアからエネルギーを輸入している国では燃料価格が跳ね上がりました。
ウクライナ侵攻前後の燃料輸入価格の変動(上から順にガス、原油、石炭)
出典)資源エネルギー庁「令和4年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2023)」
そして エネルギー価格の高騰は、さまざまなものの値上がりに繋がります。
例えばガソリン価格が上がればそれは輸送費に直結しますので、ものを輸入するにしても、国内で流通させるにしても、それだけで大きなコストアップになってしまいます。
商品を作ろうにも、工場を動かすための燃料費が高騰しコストアップに繋がります。ほぼあらゆるものにかかるコストが変化したと言っていいでしょう。
しかし、 海外での戦争がきっかけで起きた物価高は、これが初めてではありません。歴史に残っている出来事もあります。
1970年代に始まった「オイルショック」がその代表格です。
トイレットペーパーなどさまざまな商品の買い占めが起き、日本はパニック状態になりました。
これも、産油国で勃発した戦争に端を発しています。1973年10月に始まった第4次中東戦争です。
この戦争はエジプトとシリアによるイスラエルへの奇襲で口火を切りましたが、 戦争開始と同時にアラブ地域の産油国は、イスラエル寄りの国々に原油の輸出を禁止するという措置を取り、同時に原油の供給制限や輸出価格の大幅な引き上げを行いました。*7*8
燃料はどんな国のどんな産業にも欠かせないものです。ゆえに、 産油国は原油を政治的な戦略商品として利用したのです。敵対する国の工業や経済に影響を与え、経済的に追い込もうというわけです。
その結果、 国際原油価格は3カ月で約4倍に高騰しました。
当時、石炭から石油へと舵を切り、エネルギーの8割近くを輸入原油に頼っていた日本も大打撃を受けました。これが最初のオイルショックです。
第1次オイルショック前に5.7%だった日本の物価上昇率は、戦争が始まった1973年には15.6%、翌1974年には20.9%にまで上昇しました。
その後、戦争の終結などによって混乱は徐々に収まりましたが、1978年、再び石油危機に火がつきます。
1978年10月末に石油労働者のストライキが発生し一時的に原油の輸出が停止したうえ、その後 1980年にイラン・イラク戦争が勃発した影響もあり、国際原油価格は約3年間で約2.7倍跳ね上がりました。
ただ、この時には、第1次オイルショックでの反省を踏まえ、今度は国民も冷静な対応をとり、社会的な混乱は起きずに済んでいます。
心理的な影響でパニックが起きるのは珍しいことではありません。最近ではコロナ禍の当初にマスクや紙類の買い占めが起きたのは、みなさんの記憶に新しいことでしょう。
こうした過去を見れば、戦争にあたって少しでも相手にダメージを与えるための「経済的な攻撃」として、原油などエネルギー源の値上げや減産を武器にする国が出てくるのは想像に難くないことです。
実際、今回ロシアが実施した輸出制限、そして対立する国々が禁輸という形でロシアに経済的な影響を与えようと考えたのも、オイルショックの時と構図は似ています。
よって 戦争の終結、あるいは停戦がエネルギー価格の安定に繋がる一番の近道です。
では、ウクライナ戦争はいつ、どのように終結するのでしょうか。
ウクライナ戦争の先行きについて、専門家が述べている意見をご紹介します。
まずイギリスのキングス・コレッジ・ロンドン戦争研究学部、バーバラ・ツァンケッタ氏はこのような趣旨の見解を示しています。*9
『これまでにも増して戦いの決着は、紛争の中心から遠く離れたワシントンやブリュッセルでの政治的判断に依存している。
(中略)クーデターや健康問題などの理由でプーチン氏が失脚しない限り、予測可能な展望といえば、交渉による協定しかない。しかし今のところ両国とも、それは拒み続けている。』
次にイギリスの国立防衛安全保障研究所の元所長、マイケル・クラーク氏は「2024年はまとめの1年になる」と語っています。
『装備や訓練された兵員が不足しているロシアは、どれだけ早くても2025年春までは、戦略的な攻勢を仕掛けられそうにない。
他方、ウクライナが2024年も戦い続けるには西側の資金と軍事援助が必要だ。
(中略)2024年においてこの戦争の軍事的な展開は、(中略)前線に点在する悲惨な戦場の数々よりも、モスクワやキーウ、ワシントン、ブリュッセル、北京、テヘラン、平壌などで決まっていくことになる。』
両者に共通するのは、
ウクライナ戦争は交渉による終結が望ましいが、もはや2国間だけの問題ではない
ということです。
武器供与という形でウクライナを支援するアメリカ、およびアメリカと良好な関係を持つG7などの諸国と、対するロシアと良好な関係を持つ中国や北朝鮮などの諸国がどのような動きを見せるかによる、というのが本質です。
よって、世界的な動きを見ていく必要があります。
アメリカでは大統領選を控えており、その結果もウクライナ支援の方向性に影響する可能性があります。
なお、日々の株価や原油価格について伝えられるニュースの中では、よく「ウクライナ戦争の情勢」が価格変動の理由として挙げられます。
これは、日々伝えられる戦況が関係していると考えられます。日々の戦況の変化は戦争の行方についての考え方をそれぞれの投資家にもたらします。
投資家に株や原油先物をどう売買するかという心理的な影響を日々与えているのです。
心理的な要因で株価や原油取引価格が変わるというのは、現代の世界経済ではよくあることです。
しかし、ウクライナ戦争の本質が日々の戦況よりも他国の動きに委ねられている以上、株や原油などがどれだけ短期的な価格変動をしたとしても、大きなトレンドは別のところにあると考えた方が良いでしょう。
本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。
出典
*1 外務省「ウクライナ(Ukraine)基礎データ」
*2 日本経済新聞「ロシア、ウクライナへなぜ侵攻?」
*3 ロイター通信「情報BOX:クリミア半島の歴史や軍事的重要性」
*4 AFPBBNews「ウクライナの自治共和国、クリミアとは?」
*5 BBCニュース「英米両国、ロシア産の原油・天然ガスの輸入を禁止 ウクライナ侵攻で追加制裁」
*6 資源エネルギー庁「令和4年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2023)」
*7 ENEOS「石油産業の歴史 第1章 第5節 石油危機と石油需要の停滞」
*8 資源エネルギー庁「【日本のエネルギー、150年の歴史④】2度のオイルショックを経て、エネルギー政策の見直しが進む」
*9 「ウクライナでの戦争、2024年にどうなる 軍事専門家3人の見通し」BBCニュース