パートやアルバイトで働く方にとって、「103万円の壁」という言葉は悩みのタネでした。
配偶者の扶養内に収まるために年収を調整したり、「103万円を超えると損をするのでは?」と不安に感じたりする方もいたでしょう。
なぜ年収103万円が一つの境目になっていたのか、そこには所得税と配偶者控除の制度上の理由があります。
本記事では、なぜ年収の壁は103万円だったのかを解説し、さらに2025年1月からその壁が160万円へと引き上げられた背景と目的、私たちの働き方や家計への影響についても掘り下げて説明します。
103万円の壁とは、年間の給与収入が103万円までであれば所得税がかからないという税制上の境界線を指します。
なぜこの金額が設定されていたのかというと、所得税の計算方法に理由があります。
サラリーマンやパートタイマーなどの給与所得者の場合、収入から給与所得控除を差し引きます。最低でも55万円の給与所得控除(収入に応じた控除)が適用されます。
さらに、すべての納税者に適用される基礎控除は48万円です。
この 55万円 と48万円を足した金額が103万円です。
年間の給与収入103万円までは課税所得がゼロとなり、所得税が一切かからないことから「103万円の壁」と呼ばれていました。*1
ほかにも年収が103万円を超えると配偶者控除(配偶者を扶養する側の所得税控除)の控除額が減ったり、適用外になったりするなどの影響がありました。
103万円の壁については、以下の記事でくわしく解説しています。
〇『「103万円の壁」とは?撤廃によるメリットと106・130万円の壁との関係を徹底解説』
では、なぜ今回これほど大きな引き上げが行われることになったのでしょうか。その背景には、以下のような政策的目的があります。
これまで年収103万円を超えないように勤務日数や時間を減らす「働き控え(就業調整)」をする人が多く見られました。
特に配偶者の扶養範囲内で働く主婦の方々が、税金や社会保険料が増えるのを避けるために意図的に収入を抑えるケースが指摘されています。*4
103万円という低いラインがあることで、「もっと働きたいけど損をしたくないから働かない」といった選択を生んでしまっていたのです。
政府はこの状況を改善し、人々が収入の上限を気にせず働ける環境を整えることを目的に掲げました。年収の壁を160万円に引き上げることで、103万円付近で労働時間を調整していた人もさらに働きやすくなります。
今回の改正決定により、企業側も従業員に対して「もう少し働いても税金面で不利にならない」ことを説明しやすくなり、結果的に労働力の有効活用が進むことが期待されています。
少子高齢化により労働人口が減少する中、人手不足は日本経済の深刻な課題となっています。
特に中小企業やサービス業では慢性的な人手不足から、求人を出しても人が集まらない、既存社員に負担がかかるといった問題が表面化し、近年「人手不足倒産」も増加傾向にあります。*5
このような背景から、潜在的な労働力の掘り起こしが求められており、主婦やシニア層などの働き手がより長時間・高収入で働ける環境づくりが急務となっています。
年収103万円の壁を引き上げることは、そのための重要な施策の一つです。
配偶者控除の枠にとらわれずに働ける人が増えれば、パートタイム労働者の労働時間延長や人材プールの拡大につながり、企業の人手不足緩和に寄与するでしょう。
実際、2025年度税制改正の趣旨として「労働供給の拡大(人手不足対策)」が掲げられており、政府もこの改正により労働市場へのポジティブな効果を期待しています。*3
年収の壁引き上げによって恩恵を受けるのは働き手だけではありません。低所得層(主にパートで働く人)の可処分所得(手取り収入)が増えることで、個人消費の拡大を通じた経済活動の活性化も見込まれています。
政府与党は、物価高にもかかわらず賃金が十分上がっていない現状を踏まえ、所得税の非課税枠拡大による減税で家計を支援し、消費を下支えしようとしています。*1
手取り収入の増加は消費意欲の向上につながり、結果として経済成長につながるというのが政府の狙いです。
最後に、「160万円の壁」に対して多くの人が抱く疑問とそれに対する回答を紹介します。
「130万円の壁」とは、税金ではなく社会保険上の扶養に関するボーダーラインです。
年収が130万円を超えると、一般的に配偶者の健康保険の被扶養者から外れ、自身で国民健康保険や国民年金に加入しなければならなくなります。
つまり、130万円を超える収入がある人は、扶養内(配偶者の会社の健康保険などに入って保険料を払わない状態)ではいられなくなるということです。
その結果、自分で健康保険料や年金保険料を支払う必要が生じるため、手取り収入が減ってしまう点が大きな違いです。*6
注意したいのは、130万円の壁はあくまで健康保険組合や年金制度上の基準であり、税金の160万円(2024年までは103万円)とは制度が異なることです。
また、この130万円基準には例外もあります。たとえば扶養される側(被扶養者)が60歳以上であったり障害者である場合は年収180万円未満が基準になるなど、条件によって金額が変わります。*7
さらに、厚生労働省は2023年10月から「一時的に130万円を超える場合は一定条件下で最長2年間は扶養のまま認める」特例措置を開始しました。*6
「106万円の壁」も社会保険に関するものです。こちらは主にパートタイマーの社会保険適用拡大によって生じたラインで、一定の条件を満たす場合に年収106万円以上で厚生年金・健康保険への加入義務が発生する基準を指します。*8
具体的には、週の労働時間が20時間以上、月収が約8.8万円以上(年収換算で106万円以上)、勤務先の企業規模が原則として従業員101人以上(2024年10月からは51人以上に拡大予定)であること、などの条件をすべて満たすパート・アルバイト労働者は、たとえ配偶者の扶養範囲内でも厚生年金保険・健康保険に加入しなければならないことになっています。*9
要するに、大きな会社で長時間働き、収入も一定以上ある場合には、自分自身が社会保険に加入して保険料を払う義務が生じるラインが「106万円の壁」です。
160万円という数字は、所得税の基礎控除と給与所得控除を合計したものです。
2025年からの改正後、給与所得控除の最低保障額が65万円に引き上げられ、基礎控除も最大95万円(所得が低い場合)に引き上げられます。
65万円(給与所得控除)+95万円(基礎控除)=160万円となり、この金額までは課税所得がゼロになる、すなわち所得税がかからないという計算になります。*1
なお、「基礎控除95万円」というのは一律の控除額ではなく、所得に応じた特例加算を含めた最大値である点に注意が必要です。
今回の改正では、所得の水準に応じて基礎控除額に段階的な上乗せを行う仕組み(基礎控除の特例)が導入されます。*10
具体的には、合計所得金額(年間の所得)が132万円以下の場合に基礎控除額が現行48万円から95万円に増額され(47万円の加算)、これが160万円の非課税枠を生み出す要件となります。
一方、所得がもう少し高い場合は加算額が減り、基礎控除額が88万円や68万円と逓減していく仕組みです(一定以上の高所得者は従来通り基礎控除48万円か適用無し)。*1
したがって、「年収160万円まで誰でも非課税」というよりは、年収が低い人ほど控除が手厚くなり、最大で160万円まで非課税になるという制度設計になっています。*11
給与所得控除については、2025年以降は年収162.5万円以下の人は一律65万円が控除される制度設計になっています。(現行は年収162.5万円以下で55万円控除)。
これは2019年以前の制度に戻す形で、給与所得控除の最低額を元の65万円に戻す改正です。
基礎控除とあわせて考えると、年収が約162万円程度までであれば誰でも少なくとも65万円+58万円=123万円の控除が受けられ、所得に応じてそれ以上の控除が加算されることになります。
その結果、所得税が発生し始めるラインが最大で160万円まで引き上がる、というわけです。*12
103万円というラインは、長年にわたり基礎控除と給与所得控除の組み合わせで決まっていた非課税限度額であり、1990年代から約30年もの間ほとんど見直されてきませんでした。
その間に物価や賃金が上昇し、相対的に103万円の価値は低下していたため、多くの主婦・パート労働者が収入を抑える原因ともなってきました。
今回、この課税最低限が引き上げられることになり、所得税面では年収160万円まで安心して働けるようになります。
ただし、「壁」が完全になくなるわけではない点にも注意が必要です。
所得税が大幅に軽減される一方で、住民税の非課税ラインは多くの自治体でこれまで年収100万円程度でした(改正後は110万円に引き上げ予定)し、社会保険の扶養基準である130万円や、適用拡大による106万円の壁は依然として存在します。
つまり、160万円までは何も気にせず働けるというより、「所得税に関しては160万円まで心配不要になったが、他の制度上の壁は残る」ことになります。
今後は税制改正の効果を見極めつつ、社会保険制度のさらなる見直し(例えば106万円・130万円の壁への対策)なども検討課題になるでしょう。
いずれにせよ、今回の103万円から160万円への引き上げは、多くの働く人々にとって朗報であり、働き方に前向きな選択肢をもたらす改革です。
新しい制度の下で、自分や家族の収入計画を見直し、より自由な働き方や家計管理に活かしていきましょう。
本コラム執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。
出典
*1 北村税理士事務所「基礎控除の特例」
*2 NHK「新年度の税制改正関連法 参議院本会議で可決・成立」
*3 税理士法人AOIみらい「年収の壁、所得税は160万円に引き上げ。年収別の基礎控除額・減税額と、企業取るべき対応」
*4 しゅふJOB,navi 「103万の壁・106万の壁・130万の壁・150万の壁とは?知っておきたい扶養内や扶養控除を解説!」
*5 株式会社東京商工リサーチ 「2023年度「人手不足」関連倒産 過去最多の191件 「人件費高騰」が3.8倍、「求人難」が2.6倍に増加」
*6 労務SEARCH 「130万の壁とは?超えても2年は扶養内とされる厚生労働省の対応策も解説」
*7 全国健康保険協会 「被扶養者とは?」
*8 Money Fowardクラウド給与 「社会保険における「130万円の壁」とは?扶養条件や103万円の壁との違いを解説」
*9 厚生労働省「女性の就労の制約と指摘される制度等について(いわゆる「年収の壁」等)」
*10 税理士法人IBS 「法案修正で基礎控除の特例創設」
*11 労務SEARCH 「103万円の壁は廃止?どうなった?123万円から160万円に引き上げへ」
*12 キャシュモ 「2025年からの『年収160万円の壁』とは?主婦・パート必見の税制改正」