新型コロナのパンデミックや物価高の影響でアメリカの景気に後退の兆しが見られるとして、先行きが懸念されています。
アメリカ経済については近年、よく「ソフトランディングは可能か」という話題を耳にするかと思いますが、「ソフトランディング」とはどのような状況を指すのでしょう。
アメリカ経済は今どのような課題を抱えているのか、代表的な経済指標をもとに解説していきます。
まず、コロナ以降のアメリカ経済の推移を主要な経済指標をもとに見ていきましょう。
景気が後退していく時、株価をはじめ景気に関する各経済指標はマイナスが続いたり、マイナス幅が大きくなったりします。
そのような経済の変調は、中央銀行(アメリカではFRB)が政策金利を操作することである程度暴走を防ぐことができる、と一般的には期待されています。
もちろん100%目論見通りになるとは言えませんが、FRBの動向は投資家心理を通じて株式などの取引に影響します。
政策金利によって景気をコントロールする手法は以下のようなものです。
例えば、インフレ局面で金利を上げれば、お金の借り入れがしにくくなりますから、企業や消費者があまりものを買わなくなって景気が落ち着き、物価は下がる方向に動きます。
金利と景気の関係
出典)三菱UFJ銀行「利上げとは?住宅ローンや為替・株価・物価に与える影響をわかりやすく解説」
一方、金利を下げればお金の借り入れがしやすくなり、企業や消費者がものを買いやすくなりますので、景気は刺激されます。
金利を通じて、FRBは景気の調整をしていると言えます。
では実際、ここ数年でアメリカの政策金利がどう変化しているかを見てみましょう。
アメリカ政策金利目標の推移(2025年1月4日取得)
出典)FRB「Economy at a Glance - Policy Rate 」
上のグラフで注目したいポイントは、2020年の大幅利下げと22年以降の大幅利上げです。
2020年3月の利下げについてです。
FRBは世界と足並みを揃えるように緊急利下げを実施し、ほぼゼロ金利にまで切り下げました。*1
理由は新型コロナのパンデミックです。世界中で経済が停滞する中、なるべく市中にお金を流し、消費を促そうという作戦でした。
その後、アメリカ企業の景況感を示すISM景況指数は回復し、22年にひとつのピークを迎えます。
ISM景況指数の推移
出典)三菱UFJリサーチ&コンサルティング「米国景気概況(2024年7月)」
一方でひとつの懸念材料が生まれました。CPI(消費者物価指数)が急上昇したのです。つまりインフレの傾向が始まったのです。
下のグラフはCPI(消費者物価指数)の推移を示しています。
米CPI(消費者物価指数)の推移
出典)三菱UFJリサーチ&コンサルティング「米国景気概況(2024年7月)」
2022年5月の消費者物価指数(CPI)の上昇率は前年同月比8.6%増と、40年5カ月ぶりの高い伸びを記録しました。
ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギーや食料価格の高騰も影響しています。*2
経済が堅調に推移しても、それを上回るインフレが続いてしまえば景気は良くなりません。
そこで、このインフレを抑えるために、アメリカは2022年、大幅な利上げに踏み切ります。
しかしこの利上げが経済を冷やしすぎる結果を招いてしまっては困ります。
そこで、景気が大幅に後退する(ハードランディング)ことなく、ソフトランディングができるかどうかが注目されているのです。
ソフトランディングとはハードランディングとは逆に、緩やかな景気減速にとどめることです。
ヨーロッパの金融大手グループのBNPパリバアセットメントのチーフ・マーケット・ストラテジスト、ダニエル・モリス氏は「米国経済はソフトランディングし、株式にとってプラスの環境が続くだろう」と語っています。
またスイスの金融大手UBSでチーフエコノミストを務めるポール・ドノヴァン氏も、アメリカ経済の堅調さを理由にソフトランディングに向かっていると分析するなど、前向きな見通しを示しています。*3*4
もうひとつ注目されている指標が、雇用統計です。
米雇用の推移
出典)三菱UFJリサーチ&コンサルティング「米国景気概況(2024年7月)」
2022年に利上げが実施されつつも、雇用に底堅さと回復基調が見えることで、ソフトランディングへの期待が膨らみつつあります。
2024年10月の雇用統計では、非農業部門の就業者数は前月から1万2,000人増加しました。伸び率は鈍化したものの、大型ハリケーンの被害や大規模なストライキといった一時的な要因も大きいと考えられています。*5
FRBはこうした動きを受けて、手を打っています。
雇用の失速を未然に防ぐため9月から利下げを開始しており、物価上昇率が高止まりしない程度にゆっくりと景気を支えることで、ソフトランディングを狙っています。
しかし、課題が全て解消されたわけではありません。第二次トランプ政権の関税政策を懸念する声もあります。
公約通り海外からの輸入に高い関税をかける政策が取られた場合、アメリカ国内ではインフレが加速するという見方があります。
関税の大きな引き上げは輸入品の値上がりを招き、消費者の負担を大きくします。アメリカの経済は一般消費によって大半が支えられているため、個人消費の動向を示す小売売上高は経済全体に大きな影響を与えうるという指摘もあります。
なお、2024年12月に発表された数字は前の月より0.4%増加しており、市場予想を下回ったものの堅調な推移と受け止められています。*6*7
ただ、ニューヨーク連邦準備銀行が発表した2024年11月の消費者調査によれば、1年後の予想インフレ率の中央値は3.0%で、すでに前月調査より0.1ポイント上昇しています。
この上げ幅は単月では半年ぶりの大きさだということです。物価の上昇にどこまで個人消費が追いつくか注目されるところです。*6
専門家の間にはこのような予測もあります。*8
ゴールドマン・サックスのエコノミストは、関税率の1%の増加ごとに物価が0.1%上昇し、インフレ率を引き上げると予測しています。
また、輸入品の価格が上がるだけでなく、国内製品の価格も競争の減少によって上昇するとしています。
さらにムーディーズも、トランプ政権の関税計画がアメリカの雇用を67万5,000人減少させ、失業率を0.4%上昇させると予測しています。
チーフエコノミストのマーク・ザンディ氏は、「トランプが提案通りに関税を引き上げれば、経済はその直後に不況に陥る可能性が高い」と4月のCNNのインタビューで述べています。
また、相手国から報復関税がかけられる可能性も考えられますし、戦争や異常気象などが起きればインフレに繋がります。
ソフトランディングに向かいつつあるアメリカ経済が新政権によってどう変化するか読むことはまだ難しい段階です。
新政権の動向も含めて、引き続き各種指標をチェックしていく必要がありそうです。
本コラムは執筆時点における情報に基づいて作成しておりますので、最新情報との乖離にご注意ください。
出典
*1 BBCニュースジャパン「米FRBが緊急利下げ、ほぼゼロ金利に 量的緩和も開始」
*2 JETRO「米国経済、2022年後半には景気後退入りとの見方強まる」
*3 時事フィナンシャルソリューションズ「米国経済はソフトランディングへ=2025年のマクロ経済見通し-BNPパリバAMのモリス氏」
*4 日経ビジネス「「米国経済はソフトランディングする」UBSチーフエコノミスト」
*5 日本経済新聞「10月の米就業者数1.2万人増、災害響く 前月は22万人増」
*6 日本経済新聞「予想インフレ率3%に トランプ関税警戒で、NY連銀調査」
*7 ロイター通信「米小売売上高、12月は0.4%増 予想下回るも堅調維持」
*8 フォーブス・ジャパン「「トランプ関税」でインフレは悪化する、ハリスや専門家が主張」